「Iam Not Heroine――僕らのモラトリアム」

 第二章 「He is Not Hero」 その5


「私が白島絹子。タカちゃんとは幼馴染なんだ」
 黒髪、改め白島絹子が口火を切り、女たちの自己紹介が始まった。
 ゲヘナに俺に三人娘。見た目だけ見れば高レベルの女子達が一人の男の机に群がる様は、まさにハーレムである。
 クラスの男女からの視線がこちらに集中し、居づらいことこの上ない。
 ……何とかこのグループから脱退できないかな。なんて思っている内に二人目が口を開く。
「桐生院織江なのだ。タカぽんの……運命の女なのだ」
「張り合うな張り合うな」
「三瓶瑠可。タカくんの宿命の人よ」
「それライバルみたいになってるぞ」
「で、アンタは何なのよ」
 オスに入れ込んだ気性の荒いポニー。三瓶瑠可が俺に詰め寄る。
 俺が先程から腕組みをしているのは、こいつから胸部を守るためだ。
「俺は……家が火事になってこいつに同居させてもらってるだけだよ。カノヌの紹介でな」
「そうなの、大変ねぇ」
 白島はあっさりと同情を示すが、ここでこの女が比較的まともだと判断するのは早計だ。
 何しろ最初に貴人を押し倒してたのはこの女であり、さっきも人の足を持ったままパッカパッカと開閉して楽しんでいた。
「あの宇宙人の紹介だなんて怪しいのだ」 
 そして残念ながら、なのだ改め桐生院の意見にも全面的に賛成できる。
「ま、まぁ皆。仲良く、ね?」
 そんな女達を、貴人がぎこちなく取り成した。
 ……お前が無秩序に女に愛想振りまくからこんなことになってるんだぞ。
「や、やだタカくん。私喧嘩なんてしてないわ!」
「そ、そうなのだ。喧嘩なんて同じレベルの人間にしか発生しないのだ」
 しかし、そんなか弱い静止にも関わらず、三瓶と桐生院は露骨に態度を変える。
 まぁ、愛想を振りまいて引っかけたこいつだからこそ、女共を止められるのもこいつだけって事か。
「とりあえず、一緒には暮らすけど俺はコイツに興味は無いし、手を出す気も引っかけられる気もないから安心しろ」
 その隙に、俺は多分こいつらが一番危惧しているであろうことに対して釈明を行った。
 まったく余計な心配だ。カノヌが俺におかしな改造を施さなければ、こんな誤解は生まれなかっただろう。
「そう言った女が何人戻れなくなったと思ってるのよ……」
「瑠可ちゃんもその一人だもんねー」
「ちょ、違うわよ! 私は最初から――」
 妙に実感が籠った発言だと思ったら、こいつも被害者だったらしい。
 それから二人がワーキャーと騒ぎ始め、俺への追及はお流れになった。
 ――そして、昼休みも終盤になり。
「私ね、タカくんが爪がきれいな女の子が好きっていうから、今日はちょっと気合い入れてきたんだー」
「そんなのまるでお子様の手入れなのだ。こっちの方がキラキラしてて綺麗なのだー」
「あんたのはケバいっていうのよ!」
 三瓶が貴人の机の上に手を乗せ、自らの薄くマニキュア塗った指を誇示すると、その上から桐生院が手を重ねて自らの毒々しい爪をアピールする。
 それを引き抜こうとした三瓶の更に上から、白島が指を重ねる。
 彼女の指はピカピカに磨き上げられ、伸びた指先には白いラインが走っている。
「ちょっと、どかしなさいよ! タカくんに見えないじゃない!」
「ケバくないのだー。この色彩センスが分からない奴は目がレンコンなのだ」
「あらそれはグロテスク」
 などと姦しく言い合いながら、奴らはまるでイソギンチャクのようになった自らの指をウネウネと動かしている。
「あ、あの、僕そんな事言ったっけ?」
 貴人が弱弱しく尋ねるも聞いちゃいない。
 よくやるわ。そしてこりゃ近づきがたいわ。
 自らの席に戻った俺は鼻から息を抜きながら、ところで我が姫君はと同じく貴人の隣に着席しているゲヘナに視線を送る。
 しかし彼女はあのどんちゃん騒ぎに参加する気はまるで無いらしく、前を向いたまま微動だにしない。
 ……俺、本当にこんな娘の恋愛を世話しなきゃならんのか。
 ていうか、このお嬢様が貴人を好きってのも勘違いじゃないのか?
 三時間目のやり取りで優しい奴ってのは分かったが、今ん所あれがしたいこれがしたいなんてアクション、この娘が見せたことないぞ。
 などとそのピンク頭からもう一方の腐れ宇宙人を連想し、俺が恨み言を並べていると。
 すっと、彼女の頭が一瞬上下した。
 何だろうと自分の頭を移動させ、彼女の顔を覗きこむ。
 すると、動いていないと思われた彼女の視線が、たまに机の下に移動することに気付いた。
 更にその視線を追い顔を突き出すと、彼女の膝上にはきちんと揃えられた手が置かれていた。
 その指は透き通るほどに白いが、その下からは淡い炎のような赤みが差し、決して不健康な印象は与えない。
 そして、指の先にはきっちりと切り揃えられた爪。そこにはよく見ないと分からないほどだが、生来の物だけでない控えめな輝きが宿っていた。
 あれ? もしかして。
 そう思い更によく観察すると、やはり彼女が気にしているのは自らの指である。
 なるほど。俺は得心して息を吐く。
 そういや自己紹介の辺りで貴人が言っていたな、引っ込み思案って。
 あいつ、結構ちゃんと見てるんじゃないか。
 自然と笑みがこぼれる。
 要するに彼女も立派に恋する乙女って事だ。俺を食事に誘うなんて手段を取る時坂よりも更に奥手な。
「ねぇタカくん! 誰のが一番好み!?」
「もちろん織江なのだ?」
「タカちゃんはいつでもお姉ちゃん大好きよねー」
 三人娘が、手を重ねたままズイッと貴人に迫る。
「え、ええと……」
 困惑している貴人。メンツがアレじゃなければ羨ましいと思うところだ。
 ――ちょっと気恥ずかしいな。これが仕事だっていうなら、色々理由をつけてやらないんだが、まぁ見ちゃったしな。
「あー、ゲヘナの爪、すごく綺麗だなー!」
 意を決し、俺はわざとらしいぐらいの大声を出した。
 その声に、貴人達は一瞬こちらを見た後、ゲヘナへと一気に視線を集中させる。
「あ、あの……」
 今までまるで動かなかったゲヘナの表情に、初めて戸惑いが浮かんだ。
 彼女は自分の手元に注目が集まっていると分かると、それをさっと背後に隠す。
 やっぱり余計なお世話だったかな。彼女の様子に、そんな考えがよぎる。
「ゲヘナ。見せてくれるかな?」
 そんなゲヘナに、貴人が優しく尋ねる。
 すると彼女は、恐る恐ると言った様子で手を差し出した。
 それをどこぞの騎士のようにうやうやしく手に取った貴人は、爪に視線を落としてから顔を上げ微笑む。
「うん、きれいな手だね」
 手じゃねぇだろ! 爪だよ爪!
 こいつ何でそこまでの恥ずかしいやり取りで来て最後で外すんだ。
 そして肝心のゲヘナの反応はと言うと……。
「あり、がとう」
 無表情ながら、彼にたどたどしく礼を言った。
 一見愛想のようにも見える。しかしその耳は赤く染まっていた。
 ……あんじゃん、恥ずかしいって感情。
 それを確認すると、俺は後ろの机で一人微笑むのであった。

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