「Iam Not Heroine――僕らのモラトリアム」
第二章 「He is Not Hero」 その12
――それはひとまず置いといて、その日、カノヌが桐生院を追いだした後の話をしよう。
「お前、知ってたのか?」
夕食後、玄関先で俺はどこぞへと帰ろうとするカノヌを呼び止めた。
「何を、でしょう?」
「俺とあいつが、その」
カノヌは主語を明確にしろと促しておられるが、こんな事玄関先で言えるか。
俺が尚も言葉を濁していると。
「広義的な意味で兄弟だった、という事をでしょうか?」
「そういうことだ」
彼女は婉曲表現で俺の意図を察した事を示した。
もう少し分かり易く言うと、美冬さんが俺と貴人共通の知り合いであったことを、だ。
「私が貴方の性体験など把握していたとして、それをあの男にぶつける理由はなんですか?」
「それは……その。でも、おかしいだろこんな偶然」
「その女がとんでもない売女ならば、確率は上がるでしょう」
「な、お前あの人のことバカに……」
反論しかけた俺の言葉が、カノヌの鋭い視線にかき消された。
彼女の目にはガラスのような硬質の光が宿り、その内部では七色の光が決して逃れ得ぬプリズムように乱反射している、
彼女と同じ宇宙人でなくとも分かる。
これは怒りだ。しかし誰に向けて? 目の前の俺か、貴人か、それともその目に宿る光のように見境無く跳ね回る全方位のものか。
踏み込めず、俺が戸惑っているとカノヌは自らの行為を恥じたように玄関へと顔を向けなおし黙った。
俺も未だ自分が彼女に強い執着を持っている事に気付き、言葉を失う。
しばらく沈黙が続いた後、カノヌが再び口を開いた。
「貴方の脳は男性のままですが、体には女性ホルモンが流れています。今は特殊な処置で弁をしている状態ですが、今後時間が経ったり、あなたが女性らしい行為や感情を抱き女性ホルモンが増えればどうなるか分かりません」
「ええと、それってどういう……」
急な話題の転換についていけず、間抜けな声を出す俺。
その俺を色の戻った目でもう一度ちらりと見た後、カノヌは告げた。
「ああいう行為を繰り返していると、その内頭の中まで女になるという事です」
「え?」
困惑する俺を余所に、それだけ言うとカノヌは玄関から出て行ってしまった。
「女に、なる……」
そういえば、さっき迫ってくる貴人に抵抗できなかったような。そもそも、あの行為自体が普段の俺では考えられない行為だったような。
いやいや偶然だ。なんの偶然かは分からないが、そうに決まってる。
頭を振って否定してみたが、心臓がドクドクと脈打つのは押さえきれなかった。
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