「Iam Not Heroine――僕らのモラトリアム」

 第二章 「He is Not Hero」 その1


 朝起きるとやっぱり全てが夢だった。
 なんて事は無く、二段ベッドから落ちかけていた所で、危うく俺は目を覚ました。
 俺の体は美少女のままで、枕からは加齢臭ではなく妙に甘い匂いが漂っていた。
 ベッドの下段を見ると、ゲヘナはまるで彫像のように静かに眠っている。
 ……昨日のイビキこそ夢だったのではなかろうか。
 などと考えていると、部屋の扉が静かに開いた。
「おはようございます」
 頭を下げ入ってきたのはカノヌだった。
 彼女は眠っているゲヘナを見ると、堪え切れないようにふわりと笑った。
「俺はまだ寝ぼけているらしい」
 この女がこんな笑顔を見せるだなんて。しかもそれに目を奪われるなんて。
「ではとっとと目を覚まして準備をしてください」
 目頭を押さえ、眼球に正常な機能を取り戻すよう命じてからもう一度見ると、奴は無愛想な顔でこちらを睨んでいた。
 よし、いつも通りに戻ったな。
「準備って何の?」
「通学に決まっているではないですか」
「通学って……学校に通えってか!?」
 予想していなかった出来事に、思わず略称を引き延ばし直すだけの返しをしてしまう。
 先程の笑顔はやはり幻だったらしく、カノヌは下の歯を出しながらため息を吐き、言った。
「本当に頭が回っていないようですね。学生は一日の半分をあそこで過ごすのです。そこをサポートしないでどうするのですか」
「サポートって、お前……」
 こんな話、当人の前でして良いのか?
 俺は二段ベッドから降り、下の段にいるゲヘナを窺うが、彼女はピクリとも動かない。
「お嬢様はいびきをかき始めてから八時間は何をしても起きないので、問題ありません」
「マジかよ……」
 ていうかあのいびき、やっぱり夢じゃなかったんだな。
 行儀が良いのか悪いのかわからん娘だ。
「試してみますか?」
 俺がその寝顔を眺めていると、不意にカノヌが部屋の扉を閉めた。
「試すって、何を……?」
 問いかけるが、彼女は更にドアにストッパーのような物を挟み、一歩ずつ俺に近づいてきた。
「これで、この部屋は完全防音になりました」
 ペロリ。言いながらカノヌは唇を舌で濡らす。
「ちょ、ちょっと待て何を……」
「ブラジャー、外したままでしょう?」
「あ、そういう事……ってちょっと待て! 寝起きでアレは辛い! ていうかゲヘナも流石に起きるだろ!」
「そこに興奮するんでしょう?」
「しねぇよバカ! ちょ、やめ! やめて! あっ、あふっ、ホギャーーーーーーー!!」
 結局俺は朝からから盛大に悲鳴を上げる羽目になったが、それでもゲヘナは起きなかった。

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