「Iam Not Heroine――僕らのモラトリアム」

 第一章 「I became Heroine」 その6


 夕食が終わると、俺はとりあえずゲヘナの部屋で荷物を解くことになった。
 とは言え、元々の俺の荷物ではなく、カノヌが用意した衣服が殆どだ。
 胸の辺りに描かれたおかしな文字を見ないようにしつつそれらを仕舞うと、俺は部屋の中を見回した。
 部屋の中には勉強机が一つ、タンスが一つで一番下とその上の引き出しが俺用。
 更にいつ何処から調達したのかニ段ベッドが置いてあった。
 絨毯やカーテンはゲヘナの髪色と同じパステルピンクでまとめられており、意外にも女の子の部屋らしい。
 不細工だがぬいぐるみも幾つか置いてある。これなら何とかコミュニケーションも取れるんじゃないか。
 そう思ったのだが……。
「……」
 件の彼女はと言えば、俺と一緒に部屋に帰って来てから、ずっと二段ベッドの下の方に腰掛け本を読み耽っている。
 これでは上下どっち使いたい? なんて話題も振れやしない。
 彼女が読んでいる本だが、とりあえず地球語ではあるようなのだが俺には読めない外国語で書かれており、更に話しかけ辛さを加速させる。
 部屋の隅にある本棚もそんな感じなので、格好をつけて読んでいる訳ではないようだ。
 そんな訳で、一通り荷物を確認し終えた俺は非常に困っていた。
 この娘とあの羊みたいな少年をどうやって恋愛沙汰にすればいいのだろう。
 そもそも、この娘って本当に貴人の事が好きなのか?
 その辺は全部カノヌの勘違いで、とっとと俺がお役御免になったりしないだろうか。
 などと考えていると、ゲヘナがやおら本から顔を上げ立ち上がった。
 そしてスタスタとこちらへ歩いてくる。
「ど、どうした?」
「お風呂」
「あ、あぁ」
 彼女は短く告げると俺の横を通り過ぎ、タンスの横にある本棚に読んでいた本を収めた。
 それから今度は部屋の出口へと歩いていく。
 宇宙人も風呂には入るんだな……などと俺が差別めいたことを考えていると、ゲヘナがこちらを振り返り、首を傾げた。
「一緒に入る?」
「え、遠慮する!」
「そう」
 俺が反射的に大声で辞退すると、彼女は顔を前方に戻し部屋を出て行った。
「何考えてんだ、アイツ」
 ……何とも唐突な少女だ。冗談のつもりだったのだろうか?
 いや、俺も見た目は女子だから別に問題は無いんだろうが、どうなんだろう女の子って初対面の同性を風呂に誘ったりするものか?
 それともやはり彼女は貴人の事が好きな訳ではなく、むしろソッチのケがあるのでは。
 そういえばあのカノヌのお嬢様への尽くしっぷりは忠誠の枠をはみ出していた気がする。
 俺だって本当に女子に改造する必要があったかは疑わしい。
 宇宙人総レズ説。
 今からでも一緒に風呂に入って、この新説を確かめた方がいいかもしれない。
「いやいやいやいや」
 いくら女の体になったとはいえ、男のプライドまで捨ててはならない。
 女子の裸を女子の振りをして観察しよう。いや、更には同性愛者である証拠を掴めるような行為をしようなどというのは卑劣漢の極みだ。
 ――別にあんな幼い少女の裸体を見たからといってどうってことは無いが。
 だって美冬さんで見慣れてる訳だし。いやアレをというか女性の裸を生で拝んだのはかれこれ十年以上前になるけれど……って今日見たな、自分のを。ハハハ。
 ちょっと悲しくなってきた。やる事もなく、手持無沙汰で俺は背後にある本棚に手を伸ばした。すると――。
「……興味ある?」
 先程聞いたばかりの声が背後から響き、俺は振り向い――て即座に顔を本棚に向け直した。
「だからお前の裸なんて興味ねぇって!」
 少女は全裸だった。多分。少なくとも九十パーセント以上は全裸だった。
「そうじゃなくて本」
「いやお前も人の話聞かないな! ていうか入浴時間短すぎるだろ!」
 あれからまだ三分と経っていない。この宇宙人は実はカラスをピンク色に塗り直した生き物なのだろうか。
「私達は、老廃物が皮膚に留まらない性質をしているから」
 俺の混乱を余所に、ゲヘナは今までで一番長い台詞を口にしながらこちらへと近づいてくる。
「た、貴人は何も言わないのかよ!」
「言われるけど、意味がよく分からない」
「分からないって、お前……!」
 またしても衝動的に振り向きかけた俺の頭をかすめ、白い腕がにゅっと伸びる。
 ゲヘナが本棚に手をかけ、その中の一つを取ろうとしていた。
 後頭部に彼女の息遣いを感じながら、俺はようやくカノヌが俺をゲヘナと同室にすることを躊躇わなかった理由を悟っていた。
 こいつら、羞恥心という物がまるでないのだ!
 恋愛なんて嬉し恥ずかしプライドと羞恥の機微を察する事を求められるゲームだ。
 それを羞恥心のない奴らが成功させられる訳がない。
 だが、それを指摘する前に――。
「じゃぁ俺、代わりに風呂入ってくるから!」
 勝手に口がそう動き、眼は彼女を見ないようにし、体は彼女をすり抜け出口へと向かい、俺は部屋を飛び出していた。


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