「Iam Not Heroine――僕らのモラトリアム」

 第一章 「I became Heroine」 その3


「ぐぎゃー―――!」
 寄せた乳を、後ろからカノヌがカップの中に収め、ようやく下着の装着が完了した。
「元は男でしょう。もう少し我慢してください」
「誰がこんな体にした!?」
 自分ではつけ方もわからないし痛いしで、結局この女につけていただくという屈辱を味わう羽目になったのだが、それでも俺は幾度となく悲鳴を上げる羽目になった。
「こ、こんなんで日常生活を送るなんて無理だろ。着替えの度に叫ぶことになるぞ」
 俺の逞しいとも言えなかった胸板は現在、厚い皮に包まれた熟れ熟れのメロンの如くなっている。
 ブラジャーが厚手なのが救いだ。仕掛けた張本人が用意した救いだが。
 下の方は……とりあえずぶら下がってはいなかったが宇宙人とはいえ人の目もあるのできちんと確かめていない。
「今の貴方は女体に適応できず一部の神経が過敏になっています。日焼けしたての小学生のようなものですね。時間の経過とともに痛みは和らぐでしょう」
「今何で小学生ってつけたかは分からんけど、慣れちゃダメなんじゃないか? ……反逆防止用なんだろ?」
「その頃には快感に入れ替わっています。問題ありません」
「本当にお前、人の体に何してくれてんだよ!」
「Tシャツにその辺りの配慮をしておきましたので」
 配慮? 疑問に思った俺は下着と一緒に入っていたTシャツを広げた。
 "敏感肌"そこにはそうでっかく書かれていた。
「早く着てください。そろそろお嬢様達が帰ってくる時間ですので」
 もはや言葉もない俺にそう言いながら、カノヌはつかつかと壁際に寄ると、そこについている取っ手を捻った。
 すると壁かと思われていた場所に、長方形の切れ込みが入る。
 なるほどあれはドアだったのか……って。
「ちょっと待て外は宇宙だろ地球人は真空じゃ呼吸できないんだぞ!」
「大丈夫です私もできません」
 何もかも大丈夫じゃないだろ! と俺が叫ぶよりカノヌがドアを開ける方が早い。
 俺はとにかく必死でベッドにしがみついた。
 が――。
「この扉は空間を捻じ曲げ、地球につなげてあります」
 ドアの先からは、秋の涼しい風が入り込んできた。
 窓の外を見ると確かに星が瞬く宇宙なのに、四次元がどうとかいう理論なのだろうか。
「さぁ早く出てください。人に見つかると面倒です」
 唖然とする俺を、カノヌが急かす。
「本当に何でもアリだな宇宙人め」
 悪態をつき、仕方なくTシャツとジーンズを身に着けると俺は外に出た。
 ――そこはデパートの屋上だった。
 俺が出てきたのは給水塔の壁面からで、振り返るとどう見てもそれより大きな宇宙船の室内が広がっている。
 そして、外ではもう日が陰り始めている。
 三時か四時といったところだろうか。俺は半日ほど寝ていた……いや、眠らされていたようだ。
「閉めますのでどいてください」
 言われ脇に避けると、カノヌが普通の給水塔には絶対ついていないであろう扉に手をかけ、それを閉める。
 彼女がガチャガチャと手を動かすとドアノブがもげ、ドアであったはずの長方形の切れ込みがスッと消えた。
 それでそこが扉であった痕跡は消え失せる。
 俺には先程から理解不能の技術だ。
 カノヌがドアノブを無造作にポケットにしまうのを尻目に、周囲の景色を見回すことにした。
「ここは……どこだ」
「○○県の蛎森市です。周りは山に囲まれていますが高速道と山間トンネルの影響もあり、過疎化はあまり進んでいません。が、観光名所やアピールポイントも乏しいのでよそ者が居つく事も少なく、都市風の外見とは裏腹に村社会の排他的な趣が若干あります。一応のマスコットは蛎のカッキー。ただし市名に因んだマスコットであり、この場所で蛎は獲れません」
「丁寧な解説どうも」
 多少辛口のガイドブックと化したカノヌの説明を、俺は手を挙げて遮った。
 彼女の説明通りの風景が、確かにそこには広がっている。
○ ○県か。俺が住んでいた東京都より実家のほうが近いぐらいだ。
確かに田舎って程ではないな。
「では、響野邸へ案内します。そろそろ夕食の準備もありますので」
 妙な郷愁に囚われかけた俺を置き、カノヌはとっとと屋上の入口へと歩いて行ってしまう。
「お前が夕食作ってるのかよ。……って、事はその響野って奴の家に住んでるのか?」
「はい、お嬢様と共に」
「宇宙人と同居するなんて、懐の深い家庭だな」
 俺なら絶対御免こうむる。生物学的とかそういう差別ではなく、こいつとの性格的不一致が原因で。
 俺がその生活を思い描いて辟易していると、カノヌが眉を顰めながら振り向いた。
「何を言っているのですか。今日から貴方も一緒に住むのですよ」
 その言葉で、想像が今まさに現実となってしまった。
 そういえば住込みだなんて言ってたな。カノヌが酒場で言った条件の意味を、俺は今更ながら知ったのだった。

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