メイドさん大王

さらば!ありがとうメイド大王! 


「私は不出来なメイドです」
 どこへ降りるともしれない畳……いや、エレベーターの中で心音がぽつりと呟いた。
「なんで? 心音はいつも僕なんか……僕の世話も沢山してくれるし、それに悪の大王だってこなしてるのに……」
 いつも通りに自分を卑下した言葉を修正しつつ、僕は心音に尋ねる。
 心音が不出来なんて事になったら、世の中にできた人間なんてほとんどいなくなるはずだ。
「ですがその所為で、平助様に余計な重みをいくつも背負わせてしまいました」
 だけど、僕がそういっても心音の暗い表情は変わらない。彼女は眉根を寄せながら囁いた。
 悪の大王、という道を選んだことに、心音なりに色々と葛藤があったらしい。
 ――心音が悪の大王という道を選んだのは、おそらく、僕のためだけじゃない。そして、高月家のためでもない。
 彼女なら、こんなことをしなくてももっと安全に稼ぐ方法なんていくらでも思いついたはずだ。
 だからこれはきっと、路頭に迷うはずの怪人さん達の為に心音がやりたいことでもあったのだ。 
 僕はそれを嬉しく思う。
「心音が自分でやりたいことを見つけたなら、僕はそれを応援したい」
 でも、そう言いつつも、僕の中ではもやもやとしたものがあった。
 その正体が分からないまま、しかしこれも僕の本音だと思い、僕は言葉をつむぐ。
「平助様……ですが、私はメイドの分際で」 
 だけど心音は俯き、いつもの僕みたいに自分を卑下しかける。
 その手を、僕は思わず掴んでいた。
「平助、様?」
「メイドの分際、なんかじゃない」
 僕の突然の行動に、びくりと肩を震わせる心音。
 だけど僕はそれに構わず、彼女の手を強く握りしめた。
「メイドさんってすごいと思うんだ。掃除も洗濯も料理も他の細かい事も完璧にこなして、それでいて偉ぶる事もなくって」
 自分でも何を言っているか分からない。こんなの単なる性癖の吐露じゃないかとも思う。
 でも、言っている内に分かってきた。
 僕がさっき感じた胸のもやもやの正体が。
「僕のほうから勝手にいなくなって、今更だとおもうけど、でも」
 彼女のやりたいことを、応援する気持ちはもちろんある。
 それは嘘じゃない。
 だけど、その裏にもう一つの、いや、もっと様々な感情があった。
 それは、心音にメイドという職業をないがしろにしないで欲しいという気持ち。そんな風に、自分を卑下しないで欲しいという気持ち。
 僕の、メイドというものへのーーいや、心音自身への執着。
 僕はあさましい。心音を応援したいと思う一方で、僕は。
「心音には、ずっと僕の傍にいて欲しい」
 そんな事を、強く願っていた。
「平助様……」
 心音の瞳が、揺らめく。
 その瞳に引き込まれるように、僕は自身の本音を言った。
「心音は、その、さっき言ったとおり凄いよ。 僕の一番……尊敬する人だ」
 意を決して言った僕の告白だったが、心音は何故だかぽかんと、それでも小さく口を空け、固まった。
「尊敬する人……ですか」
 そうして、小さく呟く。
 アレ、なんか心音のテンションが目に見えて何段階か落ちたような……?
 僕が戸惑っていると、心音がするりと手をほどいた。
 そして彼女は、うやうやしく頭を下げて言う。
「平助様に尊敬していただいた私ですがもう一つ、謝罪しなければならないことがあります」
「え?」
 何やら棘のある口調で心音が囁くと共に、エレベーターもとい畳が止まる。
 そして、隔壁がぷしゅんと音を立てて開いた。
 心音が先導し、畳から降りる僕ら。
「な、何ここ」
 そこは乳白色の壁で部屋で、前面は大きくガラス張りになっている。
 ガラス窓の先には五十メートル四方ほどの広大な空間が広がっており、壁際に設置されたキャットウォークでは黒い全身タイツを着たポロームの団員さん達が何やら作業をしていた。
 この位置からでは床は見えない。相当下ったと思ったけれど、まだ最下層ではないようだ。
「ポロームの秘密兵器生産工場です。今まではパララ達の科学力に頼って組織を運営していましたが、これからは敵から奪った技術の解析などにより、私たち独自の兵器を生産していきます」
「そんな物があったなんて……」
「この工場が稼働可能になったのはつい最近のことです。しかし、建設自体は組織運営時点から進められていました」
 驚きでまともに声が出ない僕に対して、心音が淡々と説明する。
 でもそんな彼女の声は、いつもより少し低い感じがした。
「申し訳ありません。このようなことを黙っていて」
 それは多分、僕に隠し事をしていたせいだろう。
 百瀬さんに僕を信用していないと言われたことを、まだ気にしているのかもしれない。
「大丈夫だよ。教えられたら、その、僕も態度に出ちゃってたかもしれないし」
 彼女の不安を少しでも和らげたくて、僕はそう言って笑った。
 仮面を被っていたとしても僕の感情は様々な人に読まれるのだから、たぶんそれで正解だろう。
「でも、これからは何かあれば相談してほしいな。心音の重荷になることなら、尚更」
 だけどそれだけじゃ足りない。 
 心音の助けになりたい。これからは彼女の重荷を背負う。
 そう決めたからこそ、僕はそう付け足した。
 すると心音はふ、と、く、の間のような声を出して、喉を詰まらせる。
「ありがとう、ございます」
 そして彼女は、深々と頭を下げた。
「あ、いや……」
 改めてそんな事をされると僕も慌ててしまう。
 しかし心音が頭を上げると、彼女の表情はいつもの冷静なものに戻っていた。
「では早速これを」
 その緩急に僕が追いつけないでいる間にも、背筋を伸ばした心音が、コツコツという音を立てながら正面のガラス窓へと近づいていく。
 その後ろ姿に、なんだか見ほれてしまう僕。
 だが、僕は慌てて頭を振ると、心音につき従い窓際へと近づく。
 そして心音の視線を追い、その先を見下ろすと、そこにあったのはーー巨大な頭である。
 その大きさは優に僕の三倍はある。更にその頭は巨大な胴体に繋がっており、その側面には巨大な腕がついている。
 つまり、これは……。
「きょ、巨大ロボ!?」
 思わず僕は裏がえった声を出す。
 そこには頭の大きさだけで僕の二倍はありそうな、巨大なロボットが鎮座していた。
「市内制圧ロボ、グレートポローム一世です」
 それに対して心音が、いつも通りの冷静な声音で言葉を返した。
「……なんか、顔に見覚えがあるんだけど」
 つられて僕も少々は落ち着きを取り戻すことができた。
 そうしてから改めてグレートポローム一世とやらをみると、所々角張ってはいるが、何となく見覚えのあるような顔をしている。
 具体的に言うと、いつも鏡で見ているような……。
「僭越ながら、顔部分は平助様をモデルにさせていただきました」
 僕がおそるおそる問いかけると、心音は若干申し訳なさそうにそう答えた。しかし誇らしげでもある。
「こういう場合、心音じゃないの……?」
「そういった意見も出たのですが、私はあまり目立つことを好みません。それに組織内からは是非平助様の顔にすべきだという意見も寄せられていました」
 さすが平助様ですと、心音はやっぱり誇らしげに胸を反らした。
 え、何で僕にすべきなんて意見が出るんだ?
 ポローム内での自分の好感度の低さを知っているからこそ、混乱する僕。
 だけど、しばらく考えて、気づいた。
 このロボットは、その辺りに展示して観光客を集めるために作られたものではないのだろう。要するに戦闘用だ。
 ということは、傷ついたりパーツがもげたり、あるいはバラバラになってしまうことだってあるだろう。
 うちの組織のみんなは、心音の顔をしたロボットがそんな目に遭うことを嫌ったに違いない。
 そういった点で、僕なら適任だろう。というか普段の恨みの買い方からして、率先して壊される可能性も否めない。
「どうかなされましたか? 平助様」
 ロボットとはいえ自分と似た顔をしたものがそういったひどい目に遭う光景を想像し、僕は青くなった。
 すると心音が不思議そうに問いかけてくる。
「え、えっと、何で巨大ロボなの?」
 それにしてもいきなり大がかりすぎる兵器だ。
 独自の兵器って言ったって、いきなり張り切りすぎだろう。
 ていうか、二足歩行の巨大ロボって確か、兵器としては大分ナンセンスなんじゃ……。
 考えながら僕が問いかけると、心音は再び巨大ロボットのほうへ顔を向けて説明しだした。
「この手の兵器は本来は非効率なのですが、パララとポロロが母星から逃げ出す際にこの設計図を盗み出していたのです」
「へぇ……」
 そういえば二人は結婚を反対されたからこの星に駆け落ちしたんだって言ってたっけ。
 その腹いせにしてはもの凄い物を盗んだものだ。
「機動兵器は彼らの得意分野ではなかったので、開発は難航していました。ですが、ポローム科学班の力でついに実働へとこぎ着けることができたのです」
 僕がそんなことを考えている間に、心音が淡々と説明する。
 その内容を改めて頭で吟味して、僕はようやく心音がとんでもないことを言っていると気づいた。
「え、じゃぁこれ完成してるの……?」
 驚いて僕が見ると、彼女は力強く頷いた。
「はい。ご命令とあれば、今すぐ街を火の海に沈められます」
 そんなことを力強く宣言しないで欲しかった。 
「い、いやそんな命令しないから!」
 まるで僕がそんなことを望んでいるような感じになっている。
 心音の宣言を、僕は首をぶるぶると振って否定した。
「……フフッ」
 そんな僕の様子を見て、心音がふっと鼻から息を吐いた。
 よく見れば、口の端もわずかに持ち上がっている。
 どうやら冗談だったようだ。
 心音はずるい。最近はよくそんな風に思う。彼女だって僕に対してそう思っているのかもしれないけれど。
「私も、いつまでもあの女の手のひらで踊らされているつもりはありません。こうして戦力を整え、組織の力を磐石のものとし……」
 そうして心音は、グレートポローム一世を見上げながら握りこぶしを作って語りだした。
 先ほどの名残か、ちょっと芝居がかった仕草だ。けれど、その決意のほどは彼女の静かに燃える瞳から窺うことが出来る。
「そしていつか高月家の再興を……いえ」
 彼女の力の篭った演説は続く……かと思われたが、心音はふっと力を抜くと、こちらに向き直った。
「平助様の幸せを、もぎ取ってみせます」
 そうして、僕に笑顔を向ける。
 まるで、何かが吹っ切れたような、今までに見たことが無い晴れやかな笑顔だった。
 その表情に、得体の知れない地下基地だというのに、自分に似た巨大ロボの前だというのに、僕の胸は跳ね上がった。
 本当に、本当に彼女はズルい。
「心音……」
 そんな彼女に誘われるよう、僕は彼女に近づき、再びその手を取る。
「平助、さま……」
 繋いだ手を心音が引き寄せ、僕達の距離がぐっと詰まる。
 そして……。
 ヴィーン! ヴィーーン!
 突然、基地内にアラームが鳴り響いた。
 慌てて手を離す僕と心音。
 同時に、眼下にある僕似のロボット、グレートポロームの目にライトが灯る。
「何者です!? グレートポローム一世を起動させたのは!」
 怒気をはらんだ心音の問いかけ。
 それはおそらく恥ずかしさを誤魔化す意味合いもあるのだろう。
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
 それに対し、高速で謝る声がグレートポロームから響く。
 その声を聞いて、僕はようやく自分が忘れていた事を思い出した。
 レッドマングリーン……谷田貝瑪瑙ちゃんの事だ。
 心音はレッドマンを全員捕まえたと言っていたのに、彼女の姿だけは見つからなかった。
 そもそも彼女は例の兵器が放たれた時、ヘリコプターを操縦していて遙か上空にいたのだ。
 普通は捕まるはずがない。
 つまり彼女は捕まった後こっそり抜け出したか、もしくは捕まらなかったことに誰も気づかなかったのだ。
 後者はさすがにない……と思うけれど、瑪瑙ちゃんならあり得るのが恐ろしい。
 などと僕が考えていると。
「――言ったでしょう? 簡単には終わらないって」
 ここ数週ですっかり耳慣れた朗らかな声色。
 先ほど別れを告げたはずの百瀬さんの声が、同じくグレートポロームの中から発せられた。
「百瀬一乃!? どうやってここへ!」
 その声を聞いた瞬間、心音が中腰になり戦闘態勢になる。
 心音の百瀬さんに対する敵意は、ますます盛況のようだ。
「……はい、百瀬ですよー。我が隊の優秀な工作員のおかげーと言っておきましょうかー」
 スピーカーの調子なのか。妙に間延びした感じの百瀬さんの声が届く。
 今の間……ちょっとイラっときたよね百瀬さん。
 どうやらこの秘密基地には僕らが通ってきた以外の通路もあって、百瀬さんはそこを通って今あの巨大ロボに乗っているらしい。
 案内をしたのは瑪瑙ちゃんだろう。
 ヘリコプターも操作できていたし、もしかしたら彼女は機械に強いのかもしれない。
 ……百瀬さんは、彼女の事を工作員と呼んでいる。瑠璃ちゃんは百瀬さんに命令されて組織に潜入していたのだろうか。
「とにかくこれはあなた方には過ぎた戦力です。よって没収させてもらいまーす」
 そんな考えが頭をよぎったけれど、確かめている暇はない。
 百瀬さんがそう宣言すると共に、秘密基地の天井が左右に開く。そして現れるのは次の天井。恐らく隔壁なのだろう。
 しかし何重にも重ねられているそれらの隔壁は、まるでモーゼの海のように次々と開いていく。
 そして十数個目の隔壁が開いたとき、ロボの頭上に小さく青空が見えた。
「それでは、またお会いしましょう平助さん」
 その声とともに、基地内がゴゴゴという地響きを伴って揺れた。
 グレートポロームの背中から炎が吹きだし、熱風が心音のスカートをはためかせる。
 グレートポロームが徐々に上昇を始め、顔、胸、足と僕らの目の前を通り過ぎ、ついに彼は天井の穴から広い大空へと飛び立っていった。 
 僕たちは、それを唖然と眺めるしかできなかった。
「……行っちゃったね」
 ロボットが飛び去った後の青い空を眺めながら、僕は心音に呟いた。
 心音が組織の資金をつぎ込んで作ったロボットが、いとも簡単に奪われてしまった。
 ショックは彼女のほうがずっと大きいだろう。そう思い、自分が惚けている場合ではないと、僕は心音のほうを見る。
 しかし……。
「グレートポロームが奪われましたか。しかしそんなことは想定内です」
 心音は表情を変えない。
 彼女はそんなことを呟きながら、つかつかと壁際に歩いていく。
 そして僕に「失礼します」と断ってから、壁に備え付けてあった電話へと手を伸ばした。
「パララですか。私です。グレートポロームが奪われました」
 相手はどうやらパララくんらしい。たぶん今の時間、彼は怪人さん達の健康診断をしているはずなんだけど……。
「えぇ、えぇ。プラン通りプランG2を発動させます。あなたが今診断しているのは? バウバウ……分かりました」
 やっぱり診断の途中だったらしい。
 電話口にバウバウさんの話題が出て、僕はびくっと体を振るわせた。
 先ほどまで心音と手を握り見つめ合っていたこと。そして彼の部屋の惨状がオーバーラップしたせいだ。
 いや、さっきのことをバウバウさんが知るはずもないからおびえる必要はないんだけど……大丈夫だよね?
 などとビクビクしていた僕だが……。
「今すぐバウバウに巨大化薬を投与しなさい。巨大ロボには巨大生物です!」
「心音ぇ!?」
 だが僕のそんな危惧は、続く心音の言葉で一気に吹っ飛んだ。  
「なんでしょう平助様」
 だというのに、それを言い放った心音は涼しい顔をしている。
「いや、巨大化薬ってなに!?」
 その冷静さに逆に煽られるように、僕は心音の言葉を聞きただした。
「パララとポルルが独自開発した、怪人の身長を二十倍にする薬です。こんなこともあろうかと、二人に研究させていました」
「に、にじゅっ……」
 言葉面から想像は出来ていたものの、あんまりな数字を出されて僕は言葉を詰まらせた。
 こういう事態を想定していたのなら、普通行うべきはロボットの警備強化とか、自爆装置の取り付けとかじゃないの?
 いや、心音のことだからそのぐらいはやっていそうだし、百瀬さんのことだからそういうのもあっさり解除してそうだけど。
 というような自問自答が頭をよぎったりはしたけど、口はパクパクと動くだけだ。
「グレートポロームが奪われたことは確かに痛手ですが、落ち込んでなどいられません」
 僕がそんな間抜け極まりない表情を晒している間にも、心音は少し上を向き、決意を秘めた表情でそう呟いた。
 あの巨大ロボに心音がどれだけ資金と労力を注ぎ込んだかは分からない。
 でも、少なくともそんな一言で済ませられる規模ではないはずだ。
 それなのに、心音は一言で済ました。
 もちろん、注ぎ込んだ資金や開発した人たちの努力を軽く見ているわけではないだろう。
 心音は強い。
 いや、前よりもずっと強くなった。そう思う。
「平助様の平穏を勝ち取る為ならば、私はどれだけでも戦うつもりです。……平助様のメイドとして」
 その、心音の言葉に僕の心臓が一瞬止まった。
 今まで自分は高月家のメイドだと譲らなかった心音が……僕の、メイドって。
「……僕でいいの?」
 本当はずっと望んでいたこと。そして、受け止めようと決意したばかりのことなのに、つい僕は心音に聞き返してしまう。
「はい」
 しかし心音は、それに対して力強く頷く。
 彼女はそう答えてくれた。なら僕も、それに応えたい。応えようと思う。
 僕達はお互いに笑いあった。
 僕たちの関係は、一般的な主従関係とはかけ離れたものだ。
 でも、僕はこの関係を好ましく思っている。
 こんな騒がしい日常だって、悪くはない。
 僕と心音が、主人とメイドとして繋がっていられるのなら。
 なんて思っていると。
「ギャオオオオーーーン!!」
 開いた空から、僕の背筋を振るわせる巨大な咆哮が響いた。
 ……これから恐らく、人類史上初の巨大ロボット対巨大怪人のバトルが始まるのだろう。
 うん、まぁ、やっぱりもうちょっと平和になっても良いんじゃないかな?
 そのために、僕たちの戦いはもうちょっと続く。

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