メイドさん大王

桃色の彼女とご主人様の傷


翔子ちゃんに首根っこをつかまれ、そのまま引きずられた僕は、呼吸困難により死の世界を体験した。

首が開放され最初に見た彼女が、天使と死神の間の子に見えたのは、 事実に基づいた錯覚だったと思われる。

「で、風邪は治ったの?」

ヘルメットを取った翔子ちゃんが、軽く首を振る。

たたまれていた外跳ねの髪が、ピンと元に戻った。

「ゲホッ、ゲ、ゲホッ、ゴッ!!」

「な、なおってないんじゃない!」

この咳は、風邪の所為じゃない。

翔子ちゃんが僕のフードを持って歩いた所為で絞まった喉が、開放された途端に、酸素を過剰摂取したことが原因で出た咳だ。

「まったく、ちゃんと直してから来なさいよね」

反論したくても、咳の所為で出来ない。

なんか最近、咳ばっかりしてる気がする…。

「こんなときに限って、格闘なんてするし…」

でも実際、風邪は治っていると思うんだけどなぁ。 

件の格闘も、大して問題なかったし。

「心音の奴も、こんなときに送り出すなんて、何やってるんだか…」

咳が止んだ。

とりあえず心音の弁護をしようとした僕は、そこであることに気付いて、言おうとしていた言葉を変える。 

「なんか、翔子ちゃんが心音って呼ぶの、久しぶりに聞いた」

いつもあの女とか呼んでいたし。

ポロームに入る前は、彼女が心音の名を呼ぶことは頻繁にあった気がする。

だけど、こんな関係になってしまってからは、 なんだか二人とも余計険悪になって…。

「別に、今まで意識して呼ばなかったわけじゃないわよ」

「まぁ、そうだろうけどね」

翔子ちゃんが そっぽを向く。

…照れてるみたいだ。

「何、笑ってんのよ…」

「ううん。 なんだかさっきのセリフが、すごく仲良しそうだったから」

「ぐっ…」

僕は口元を押さえて、笑いを堪えた。

これは僕の勝手な想像だけど、この二人はきっと、そこまでお互いを憎みあってなどいないのだろう。

そうではなかったら、僕がここで和やかに話せるはずも無い。

 「アレは敵よ、敵! 仲が良いなんてありえないの!」

 翔子ちゃんは思いっきり否定するけど、今の状態だと、ただの照れ隠しにしか聞こえない。

二人が異性ならば、その関係を疑いたくなるくらいだ。

「うーん、でもさぁ、強敵と書いて友と読むぐらいだし…」

「あんなもん少年漫画だけよ! 強敵はキョウテキとしか読まないの!」

「好敵手と書いても友と読むよね」

「だから、それはライバルって読んでも友とは読まないの! あんな女に好ましいなんて、誰が言うもんですか!!」

「え、でも瑪瑙ちゃんは、心音のことライバルだって言ってたよ」

僕が彼女に心音の友達になって欲しいと頼んだときのことだ。

それに対して彼女は、確かに心音のことをライバルだと呼んだ。 

「はぁ? 何であの娘が心音をライバル視するのよ…」

「いや、敵対勢力だからって…」

でも、確かにそれはおかしい。

ライバルって言うのは、個人が個人を指して言う言葉だ。

それに、あの瑪瑙ちゃんが人を敵視するなんて考え難い。

「ライバルねぇ…………はっ!」

たっぷり熟考した後、翔子ちゃんが口に出したとおり、はっ! と顔を上げた。

「どうしたの?」

だが、僕が声をかけると、それを拒絶するがごとく、頭を抱えてまた悩みだす。

「まさか…、こんな男に引っかかるの、あの女だけだと思ってたのに…」

一切固有名詞は出されていないのだけれど、とりあえず僕のことを言われているのは分かる。

ついでに、その評価が芳しくないのも。

いや、後半の引っかかる云々は、よく分からないのだけれど。

「これじゃぁ余計に倍率が…って、何言ってるのよ。 そんなんじゃなくて…」

どうしよう、翔子ちゃんがかなりの一人上手っぷりを発揮している。

びょ、病気?

って、この言い方はあんまりか。

いや、付き合いの長い僕でもあまり見たことが無い姿だから、動揺しちゃって…。

彼女の意外な一面?

と、そんな陳腐な表現で片付けられるものでもないなぁ、これ。

「って、あああああ!!」

僕が心配している矢先に、彼女は急に叫びだした。

僕があわてて黄色い救急車を思い浮かべたのも、無理の無いことだろう。

戦闘員によって、その筋の病院に担ぎ込まれるヒーロー。

…かなりシュールだ。

「あんた、なんか今かなり失礼なこと考えなかった?」

「い、いや、別に」

案外妥当だと思ったとは、さすがに言えなかった。

悪の戦闘員である僕には、白い救急車など用意されないのだ。

「えっと、それで結論は?」

「全部あんたの所為ってこと!」

「な、何で!?」

「うっさい、あんたの所為だって言ったらあんたの所為なの!」

翔子ちゃんが、僕を指差してあまりにも理不尽なことを言う。

いや、彼女の思考が全然分からないから、筋が通っているかなんて、確かめようが無いんだけど。

だけど、その後に彼女からの説明は無く、お互いに無言が続く。

「えっと、翔子ちゃん。 とりあえず座ったら?」

僕の提案に、翔子ちゃんは少し躊躇う素振りを見せたが、結局は僕の隣に座った。

「それで、大丈夫なの? …体は」

「うん、もう平気だよ。 そんなにダメそうに見えるかな? 今日の僕って」

「ダメに見えるのは、いつもよ」

辛辣に突っ込まれる。

まぁ、確かにそうかもしれないんだけど…。

「ここに引っ張ってきたのって、それを聞くため?」

「この前見舞いに行ったときには…、ろくに、話せなかったから」

「あ、やっぱりアレ、お見舞いだったんだ」

「なんだと思ったのよ?」 

「え、だって、メロンとか投げられたし…」

基地に乗り込んできたといわれても、おかしくは無いと思ったが、それは黙っておく。

「あ、あれは…」

言いかけて、翔子ちゃんは口をつぐむ。

そして、彼女から出たのは違う話題だった。

「ていうか、何だったのよ。 あの時のあいつの態度」

いや、まったく違うというわけではないのだけれど。

翔子ちゃんが言っているのは、彼女達が見舞いに来たときの、心音のことを言っているのだろうか。

「態度?」

「百瀬にやたら絡んでたじゃない」

「喧嘩なら、いつも翔子ちゃんともしてるでしょ」

「あれは、私の時とは全然違うわよ。 何て言うか、本気で、怒ってるみたいだった…」

翔子ちゃん自身も、心音のあの状態をなんと表現したら良いか、分からないみたいだ。

彼女は酷く戸惑っているようだった。

そんな翔子ちゃんの様子に、僕は『いつも二人が戦ってる時は本気じゃないの?』とかいう野暮なツッコミは飲み込む。

「あいつがあんなに怒るなんて、どうせアンタ絡みでしょ。 どうしたの?」

その決め付けはどうかと思うけど…。

「ええと、大したことじゃないよ」

とりあえず、誤魔化してみる。

あんまり軽々しく口にして良い話題ではないと思ったからだ。

「…んな訳ないでしょ。 本当のこと言いなさいよ」

が、まぁそんなことで乗り切れるわけもなく、翔子ちゃんは体をこちらに向けて、迫ってきた。

「ええと…」

顔もやたら接近して、別の理由でも慌てる。

ふと、翔子ちゃんの顔でほぼ占領された僕の視界に、ピンクの人影が映った。

「教えて差しあげましょうか?」

百瀬さんだ。

既にヘルメットも脱いでいる彼女は、その髪をなびかせながら、翔子ちゃんの後ろに立っていた。

「あ、あんた! 戦いはどうしたのよ!!」

翔子ちゃんは、百瀬さんが現れて、初めて自分の格好に気付いたようだ。

あわてて僕から離れると、百瀬さんに食って掛かった。

「もう終わっちゃいましたよ。 3人しかいなかったので、いつもより大変でした」

3人…。 なるほど、健ちゃんは今味方の攻撃でリタイア中だから。

「って、まだこいつ殴ってないのに、ボスやっつけちゃったの!? そんなの邪道じゃない!」

「やっぱり、殴るつもりだったの!?」

さっき体調を心配してくれたのは、一体なんだったのだろう?

翔子ちゃんの叫びに、僕もまた、彼女から距離を置いた。

「まぁ、それはそれとして。 知りたくないですか? 私と、平助さんの関係…」

「平助? 心音とじゃ、なくて?」

「ええ、あの方は、一介のメイドさんですもの」

「ちょ、ちょっと、百瀬さん…!?」

彼女が何を言おうとしているのか、僕には見当がついた。

急いで彼女を止めようとする。

「アンタは黙ってなさい」

だが、すぐさま翔子ちゃんに手と目線で遮られた。

「聞かせてもらおうじゃない」

おとなしくなった僕を尻目に、翔子ちゃんは百瀬さんに、挑むような視線を向けた。

百瀬さんが、口を開く。

「平助さんと私は、許婚なんですよ」

「い、いいなずけ!?」

その言葉を聞いて、彼女はすぐさま僕に振り返り、胸倉を掴んだ。

「ちょ、翔子ちゃん! 落ち着いて!!」

「うっさいわね! 良いから説明しなさいよ!」

そのまま僕の胸倉を掴み、ぶんぶんと前後にシェイクする。

脳がかき回される動きに、僕は言葉を発することが出来ない。

「そもそも、私の家が、高月家と懇意にさせていただいてまして…」

「ほう…」

翔子ちゃんは冷静な声を出しているけど、その手は一向に休まらない。

「婚約自体は、私が小学生のときに結ばれていたのですけれど、初めてお会いしたのは中学生でした」

「へぇ…」

激しい揺れの所為で、僕は言葉を発することが出来ない。

一言言えば、それだけで、これは収まるはずなのに。

「私は本来は私立の中学校に通うはずだったんですが、どうしても平助さんの顔を見てみたいと思い、無理を言って通わせていただいたんです」

「ふぅん…」

「許婚ということは、あのメイドさんに口止めされていたんですけれどね」

そう、突然僕らの学校に現れた百瀬さんに、心音がそういう風なことを言ったのを覚えている。

あれは確か、メイド服ではなく、セーラー服を着ている心音を見て、やたら新鮮さを感じていたときだった。

まぁ、そんな感慨も、百瀬さんとかのことで、すぐに吹き飛んでしまったのだけれど。

何故かと聞かれて心音は言葉に詰まっていたが、僕も目立つのは避けたかったので、百瀬さんに頼んで秘密にしてもらったのだ。

思えばあの時からだったかもしれない。

心音が僕に、変な距離を置くようになったのは。

思春期の僕が、そういうことを恥ずかしがったって言うのもあるんだけど…。

それでもあの時の心音は、百瀬さんにきっぱりとした敵意など見せることはなかった。

なんとなく、彼女を気に入っていないのは感じ取れたんだけど。

「それより翔子さん。 いい加減に平助さんを解放して差しあげませんと、平助さんの黒目が無くなってきてますよ」

「って、ああ!」

揺れがやっと収まって、再びどこかに行きかけていた僕の意識は、ここに戻ってきた。

「ちょっと、失神するなら弁解してからにしなさいよ!!」

ぼんやりとする意識の中、翔子ちゃんが僕に叫ぶ。

それに押されて、僕は、言葉を搾り出すようにして呟いた。

「許婚って言っても、元、だよ」

言ってから、そういえばこれを言葉にするのは、初めてだったと気付く。

元々実感の薄い婚約だったから、こうやって口にしてみても、事実を思い知らされるだけだ。

「そうなの?」

「ええ、そうですよ」

自分が作った騒動にもかかわらず、百瀬さんは平然と返す。

あれは悪気のない間違いだったのか、それとも悪意のない冗談か。

何の悪戯心も無いのか。

呼吸が苦しい。

脳に酸素がいかない。

「で、なんで?」

そんなこと、普通、聞かないでしょう。

ちょっと、考えれば、分かるだろう。

「うちに、お金が、無くなったからだよ」

「あ…」

そもそも、この婚約だって、殆ど政略結婚だ。

お爺様は乗り気じゃなかったけど、親戚筋からの強引な勧めで決定した。

片方に価値がなくなれば、当然のごとく破棄される物。

家が無くなったら、当然の如く僕に価値なんて無い。

「百瀬さんも、誤解をさせるような言い方はしないで」

「そうですね、申し訳ありませんでした」

素直に頭を下げる彼女。

「私も、悪かったわ」

翔子ちゃんもまた、僕に謝る。

彼女のそんな態度に慌てて、僕は冷静に戻った。

いつの間にか、強張った顔をしていたようだ。

取り繕って笑顔を見せる。

「あ、いいよ、別に。 そ、その、僕こそごめん」

意味も分からず、謝る。

「平助…」

「平助さん。 今回の縁談、色々あって破談になりましたけど…」

何か言いかけようとした翔子ちゃんを差し置いて、百瀬さんが口を開く。

むっとした様子で、翔子ちゃんは後ろを向いた。

「平助さんがもう一度とお望みでしたら、私はいつでもお受けしますよ」

「ちょっ、あんた!」

百瀬さんの理不尽なセリフに、僕の喉が詰まる。

だって、こんなに理不尽なことが、あるか。

婚約を破棄したのは、自分じゃないか。

あそこで、君が買い取った僕の家で、いつも通りの笑顔で。

「な、何でそんなこと」

「では」

僕の言葉も聞かずに、百瀬さんはまた戦闘員達が黒い山になっているほうへ歩いていってしまった。

「何で今更、そんなこと…」

一旦は僕から離れていったのに。

僕には価値なんて無いって、それでも納得しかけてたのに。

それなのに、僕を惑わすみたいなことを。

僕のこと、家の付属品だと思ったんじゃないの?

混乱している僕をよそに、翔子ちゃんが立ち上げる。

「あんた、勘違いしてるみたいだから言っておくけど」

「何?」

何か、苦い顔をして、翔子ちゃんが呟く。

「見舞いのときメロン投げたの、あいつだからね」

そんな言葉を聞いても、僕の混乱した頭には、何も響かなかった。

それが事実だったとして、結局それが、何の救いになると言うのだろう。

混乱する材料が、またひとつ、増えただけだった。


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