魔法遣いに鯛窃なこと

 

 

「今日からうちに、魔法留学生としてホームステイすることになった、川澄アンジェラ舞ですよー」

「おう、よろしくな、舞」

ビシッ!

「…祐一、馴れ馴れしい」

「初対面の人間にチョップをかますのは、馴れ馴れしくないのか?」

むしろ、俺はまだ自己紹介してないぞ。

「うぐぅ、二人とも10年来の知り合いみたいだよ」

「それはうぐぅの勘違いなので、安心してうぐぅすかと眠るといい」

「うぐー! ボクはそんな寝息立てないよーっ!」

「舞は、留学生の中でも特に優秀なんですよ」

「へぇ、何ができるんだ?」

「何でもできますよー。 お母さんの病気を治したり」

魔法遣いの世界って、治療魔法はなかったんじゃ…。

「でも、一番得意なのは…」

ガツン!

佐祐理さんが言い終えるより先に、破砕音が部屋の中に響いた。

「う、うぐうぐあううぐ」

あゆが口をパクパクと喘がせ、腰から崩れ落ちる。

見ると、やつの後ろの壁には、無数のヒビ割れが…。

まるで、何か強い力で殴られたような…。

「一番得意なのは、物理攻撃なんですねー」

「はちみつくまさん」

物理攻撃って、魔法留学生じゃなかったのかよ。

「…また、物騒な奴をスカウトしてきたな、佐祐理さん」

こんな奴らばかり押し付けられるのは、やはり佐祐理さんの人徳ゆえだろうか。






「…で、さっきは何であんな事したんだ?」

佐祐理さんは仕事に出ている。

 あゆはその付き添いだ。

その機会に、俺は舞に聞いてみた。

確かにインパクトがあり、分かり易い自己紹介だった。

というか、あゆにとってはトラウマにすらなりうるだろう。

だが、俺は舞がそんなことのために他人を脅かすなど、到底思えなかったのだ。

もちろん会って数時間しか経っていないので、俺個人の何の根拠もない、敢えて言うなら俺の中の人が思いついたような、突拍子もない推論なのだが。

「…中の人などいない」

「お前はいいツッコミしてくれるなぁ」

適度に鋭くて、適度に毒がない。

ちょっと感動してしまった…。

地の文につっこまれた事も放置してやろう。

「壁を殴ったのは、どうせあれだろ? 壁にマムシがいたとか、猛毒を持つ蠍がいたとか」

「ぽんぽこたぬきさん」

ぽんぽこたぬき…。 なんか激ぷりちーな返事だな。

動物に例えながらも、否定の意であることが明白である。

これを考えた奴は、相当のセンスをもっているに違いない。

それはそれとして、実は壁にマムシが説は却下なのか。

「まぁ、いくらなんでもこの北国に、マムシなんていないか」

「はちみつくまさん」

「じゃぁ、なんでだ?」

「私は、魔を討つ者だから」

「は?」

「私は…魔を討つ者だから」

「…もしかして、魔って魔法遣いの魔か?」

「はちみつくまさん」

「って、それじゃマジであゆを狙った犯行だったのか、あれは!?」

「はちみつくまさん」

「魔女狩りか!? つーかお前も魔法遣いだろ!!」

びしっ。

問い詰める俺に、なぜか舞のチョップが炸裂した。

「あいたっ」

「…祐一、うるさい」

「ツッコミどころが多すぎるんだから、仕方ないだろ」

こいつをツッコミだと認識した、俺がボケだった。

「…じゃぁ、何か? お前は佐祐理さんの命も狙ってるのか?」

言った瞬間に舞の手が霞み、俺が再びその白い指先を発見したときには、その手には剣が握られていた。

そして切っ先はと言えば、俺の喉元だ。

…この神速な早さも魔法か?

「佐祐理を悲しませると、許さないから」

「それはNGなのかよ…」

もう、どうにでもしてくれ…。

 

「うぐぅ、急に魔法が出なくなったよぉ〜」

「あはは〜、大丈夫です、ただの魔力切れですよー」

「ど、どうすれば良いの?」

「そこに体育座りして、回復を待ってください」

「わ、わかったよ」

言われて、素直に体育座りをするあゆ。

そうやっていると、本当に小学生のようだ。

思わず紅白帽を、ウルトラマン被りさせたくなる。

「…なんで体育座りをするんですか?」

「そのほうがSPの回復が早いからですよ」

「SPって何だよ…」

「装備を取ると、回復が早くなる仕様もありましたねー」

「だから、なんの話ですか」

「あははー、でも、裸で体育座りって、ちょっとマニアックすぎますねー」

「いや、充分許容範囲ですけど」

「あはは〜、後で祐一さんに実践していただきましょうかー」

「…ゴメンナサイ、調子に乗ってました」


「舞はピッタリだよな」

「…?」

「うん、ピッタリだね」

「何が…?」

「無口だしね」

「大喰らいだしな」

「綺麗だしね」

「非常識だしな」

「髪は長いけどね」

「パツキンじゃないけどな」

「はぁ、良いなぁ…」

「あゆはアホ毛だけだしな」

「うぐー! 祐一君なんて元ネタもないでしょー!」

「ぐっ、あゆあゆのクセに言ってはならんことを!!」

「うぐーーっ!ボクはあゆあゆなんて名前じゃないよー!」

「…何が?」

「何がって…なぁ」

「何がって…ねぇ」

「…ぐすっ、祐一とうぐぅが、苛める」

「よしよし、舞は無垢だから、知らなくてもいい事なんだよ〜」

「佐祐理さん、そういう言い方すると、俺達だけがとんでもなく汚れているように聞こえるんだけど…」

「あははーっ、汚れていない人は元ネタの話なんてしませんよ〜」

「うぐぅ…」

 

「はい、たまには別の魔法も練習しましょう」

「はーい!」

「はちみつくまさん」

ドコから持ってきたか分からない木製の教壇。

そして机と椅子が二組。

佐祐理さんが二人の生徒の前で教鞭を振るっている。

魔法の講義をするつもりらしい。

女教師姿もグッドだ。

だが、どこからかもって来た黒板には…。

「佐祐理先生の誘惑授業…」

まるでエロゲーのような。

まるで物凄くエロゲーのようなタイトルが書かれている。

「佐祐理さん。 パクリはいけないと思うぞ」

「あははーっ、佐祐理は頭の悪い子ですから、祐一さんが何を言いたいのか分かりません」

「うぐぅ、パクリってどういう意味?」

今回はあゆも元ネタは分からないらしい。

「それに、今日勉強するのは『チャーム』の呪文ですから、これであってますよー」

「チャーム?」

「…魅了呪文」

舞が補足を入れてくれる。

なるほど、だから誘惑授業か…。

そうだよな、作者が偶然「誘惑授業」の単語を思い浮かべたから出来たネタじゃないよな。

「これを覚えれば、素敵なおじ様に貢いでもらうことも、余ったお金でツバメを囲うことも出来ます。 女の子には必須の魔法なんですよー」

じっと俺を見るあゆと舞。

…そんな目で見るな。

「じゃぁ、それを覚えれば、タイヤキも食べ放題なんだね!」

「ええ、もちろん」

「…牛丼も?」

「はい、もちろん」

 「じゃぁボク、それ覚えるよ!」

「…はちみつくまさん」

毎度の事ながら、行動基準が単純なお子らだ…。

魅了の呪文なのに花より団子状態とは、その時点で失格なんじゃないのか?

「それでは、実際に試してみましょうか。 祐一さん」

呼ばれ、俺は佐祐理さんを見る。

実験台は、俺か!?

「実は、祐一さんにお願いがあるんです…」

>さゆりがあらわれた。

「な、なんでしょう」

>ゆういちは警戒している。

>魔法防御が10上がった。

「あのですね…」

>さゆりの行動。

>接近。

佐祐理さんが俺に近づいて、そっと俺の手に手を重ねる。

>さゆりは「チャーム」を唱えた。

う、なんか瞳が潤んでる。

>ゆういちの魔法防御が2下がった。

いつもと違う甘いにおいがする。

>ゆういちの魔法防御が3下がった。

じょ、女教師ルックって胸が…。

>ゆういちの魔法防御が5下がった。

>ゆういちの理性が10下がった。

「フゥッ」

>さゆりは「せつないといき」を吐いた。

>ゆういちの魔法防御が100下がった。

>ゆういちの理性が100下がった。

>ゆういちは混乱状態になった。

>ゆういちは激しく興奮している。

「佐祐理のお願い、聞いてくれますか?」

「はい、もちろん! 何でも聞かせていただきます!!」

>ゆういちは魅了されてしまった。

>ゆういちの行動。

>ゆういちは魅了されている。

>ゆういちの行動。

>ゆういちは魅了されている。

……………………。

……………………。

「……ハッ!」

>ゆういちは我に返った。

「…3分」

舞が呟く。

どうやら、その間ずっとボーッとしていたらしい。

「あははーっ、この間に契約書でもなんでも書かせてしまえば、思いのままですよー」

いつの間にか、佐祐理さんが怖いことを言っている。

「祐一君。 ダメダメだね」

「祐一、かっこ悪い」

>ゆういちの尊厳が100ダウンした。

 

「今日は祐一君にチャームを使うよっ」

この間の佐祐理さんに刺激されたらしい。

あゆがそんなことを言い出した。

「んなこと言って、お前に使えるのかよ」

「祐一君になら簡単だよ!」 

「お前、今聞き捨てならないことを言ったな。 いいだろう! 来い!」

さらにあの一件で、俺はうぐぅに舐められてしまっているらしい。

ちっ、ここで格の違いを見せ付けてやらねばなるまい!

「それじゃぁ…、お願いするよ!」

>あゆあゆが現れた。

>ゆういちは強く警戒した。

>ゆういちの魔法防御が20上がった。

「祐一君、あのねぇ」

>あゆあゆの行動。

>接近。

「…なんか、乳臭い匂いがするな」

>ゆういちには効果がなかった。

「くっ、やるね、祐一君!」

>あゆあゆはゆういちの手を取った。

>しかしミトンだ!

「…」

「うぐぅ、こうなったら…」

>ゆういちは力を溜めている。

「ふぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜」

>あゆあゆは生温かい息を吐いた。

>ゆういちは力を溜めている。

「どう、祐一君魅了された?」

「されるかぁっ!!」

>ゆういちの攻撃。

>かいしんのいちげき。

ぼぐしゃっ!

>あゆあゆをやっつけた。

「やっぱり佐祐理さんは偉大だな…」

>ゆういちは3の経験値を得た。

「つーか、魔法じゃないし、これ」

>ゆういちの賢さが上がった。

>ゆういちは353円を手に入れた。

「あ、それボクのタイヤキ代!」

「うっさい、授業料だ!!」

>ゆういちは「カツアゲ」を覚えた。

 

 

 

 

「うぐぅ〜・・・・」

あゆが唸っている。

 いや、本人曰く精神を集中しているそうだ。

やがて、その手に光が集まり始める。

何度見ても不可思議な光景だが、原理なんて知らん。

…どうせ俺はヒモだしな。

「祐一、不貞腐れるのイクナイ」

「誰だよお前」

舞のほうを振り返って、びしりとツッコミを入れる。

ビシッ!

ぐあ、さらに鋭いチョップを返されてしまった。

「うぐぅ、二人ともちゃんと見てよぉ」

「はいはい、今度は何が出てきたんだ、カツオか、マスか? 」

「ハーイ」

「何だその返事は。 お前こそまじめに…」

とりあえずいっぺん叩いてやろうと俺が振り向くと、そこにはうぐぅとともに人間の幼児が…。

「バブー」

「うぐぅ、魚ですらないよぉ」

「そういう問題ですらないだろ」

「イクラちゃん…」

「チャーン」

いや、これはこれで、とんでもない大魔法だと思うが。

 

「いた、痛いよっ!祐一君!」

「うるさい、静かにしろ!」

「…動くと出来ない」

「何をしてるんですかぁ?」

俺と舞とあゆ。

三人がもみ合っているところに、佐祐理さんが現れた。

まぁ、正確に言うと、痛がるあゆを俺が押さえ込み、その間に舞がとあることをしようとしていたのだが。

エロスなことではないからな。

ざまあみろ。

「あ、佐祐理さん。 あゆが怪我したから、舞が回復魔法をかけてやってるんだ」

「ふぇ、でも痛がってませんか?」

「…はちみつくまさん」

「そうなんだよ。 なんか回復魔法なのに、余計痛がってるみたいでさ」

傷自体は大したことがない。

思いっきりすっころんで膝をすりむいただけだ。

本来ならツバを塗りたくって終わりな傷なのだが、舞が何の気まぐれか治療を申し出たのだ。

しかし。

ぽわわわわ〜。

舞の手から暖かな光が生み出され、それがあゆの傷口に当てられる。

「いた、いたたたたたたたた! 痛いよ祐一君!」

「だから、何で俺に文句を言うんだ!」

言うなら目の前の舞に言え。

まぁ、こいつにケチをつけると、速攻でバッサリいかれそうなのは分かるが。

「あははーっ、分かりましたー」

「分かったのか!?」

声を上げた佐祐理さんに、視線を向ける。

すると彼女は。

「実は、あゆさんの過去に原因があるんです」

「どういうことだ?」

「あゆさんは7年前、登った大木から風に煽られて落下するという大ポカをしでかしました」

「人の事故を大ポカって…」

「そして、その傷は深く、彼女は昏睡状態に陥り…」

む、うぐぅにもそんな重い過去があったのか。

しかし、良くこんなぴんぴんと…。

が、件の人物であるあゆは、舞の治療魔法でうぐうぐ言っており、話が聞こえている気配はない。

「今も彼女はベッドの上にいます」

「ここ、ベッドじゃなくて木目のフローリングだぞ」

「あははーっ、言い方が悪かったですね。 ベッドの上にいるのは、彼女の本体です」

「本体って…、じゃぁこいつはなんだよ」

「昏睡状態の彼女の意識…つまりは生霊ですね」

「生霊!?」

俺は押さえつけていたあゆから一気に飛びのく。

触れられるじゃんとか、その辺のツッコミはとりあえず放置だ。

「え、何?」

急に離れた俺に、あゆが不思議そうな顔をした。

だが、すぐに舞の回復魔法にもだえ苦しむ。

「じゃぁ、こいつが回復魔法を痛がるのって…」

「あははーっ、アンデット属性ですからー」

「いた、いた、いたた、うぐ、うぐぅぅぅぅーーーー!!」

「あははーっ、だんだん体が薄くなってきましたねー」

「いや、見てないで止めてください! つーか舞も止めろよ!」

「私は、魔を討つ者だから」

「確信犯かい!」

その後何とか解放されたあゆの頭上には、黄色いわっかが燦然と輝いていた。

 

 

 

「はい、今日も新しい魔法を覚えますよー」

今日も佐祐理さんは女教師ルック。

そして黒板と教壇。

二人の生徒。

「佐祐理さん。 俺は思うんだ。 人間自分の好きなことだけやれば良いんじゃないのかな?」

「ふぇ、どうしてですかー?」

「だって、そんなことをさせてもきっと身に付かないよ。 だから、ほかの事をさせるべ…」

「あははーっ、祐一さんは何が言いたいんでしょうかー?」

佐祐理さんが笑顔でプレッシャーをかけてくる。

「…なんでもないです、続けてください」

ダメだ、彼女の笑顔の前では何もいえない。

良心とかは関係なく、生命にかかわるからだ。

「じゃぁ、講義を続けますよー。 今日の呪文は、必ず成功する魔法です」

「え、じゃぁ大したことがない魔法なの?」

「そんなことはありませんよー。 必ず成功するのに、効果は絶大です」

「す、凄いんだね、その魔法! 名前は!?」

「バニッシュデスです」

「うおおい!」

その名前を口にした佐祐理さんに、俺のツッコミが飛ぶ。

正確には、ただの叫びだが…。

「何でしょう、祐一さん」

「それ危険すぎ! ボスにも効いちゃう即死魔法じゃないですか!!」

そもそも本当はバニッシュ→デスのコンボ魔法であって、単体のものじゃない。

古き時代の卑怯魔法だ…。

「もう、祐一さんったら、今更何を驚いてるんですかー。 黒板にちゃんと書いてあるでしょう」

佐祐理さんに言われて、黒板を見る。

そこに書いてある文字は。

「佐祐理先生の確殺授業ですよー」

「黒すぎるだろ!滅殺とか速殺とかじゃなくて、確実に殺すってところがもう救いようも無いほどに!!」

「大丈夫ですよ、名に偽りはありませんから」

「いや、だからこそダメなんだって! どうせ実験台は俺でしょ!?」

「…さて、やり方ですが、まずは姿を消す魔法、バニッシュを唱えましょう」

「無視かよ!」

「えっと、こうかな? バニッシュ!」

呪文を唱えた瞬間、あゆの姿が消える。

「って、お前も何で一瞬で出来てるんだよ! いらんところに才能発揮しやがって!」

「うぐぅ。 さては祐一君、ボクの才能に嫉妬してるんだね」

透明なあゆに向かってツッコミを入れるが、本人は増長しきっている。

俺はお前の身を案じているというのに。

「どっからそんな解釈が出てくる!? ていうかダメなんだよ! 自分にそれをかけちゃ! それは相手にかける魔法なの!!」

「あはは〜、本当は自分にかける魔法であってるんですけどね〜。 とにかく、ちょうど良いです」

「って、ちょうどいいって、まさか佐祐理さん!?」

「あははーっ。 …デス」

「って、本当にかけるなー!!」

容赦無用の死の呪文が、あゆに炸裂する。

本来なら低確率もいいところのこの手の呪文だが、某大作RPGのゲームバランスを、ドリルと共に崩した効果は伊達ではない。

「う、うぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーー」

透明なあゆの体が、さらさらと灰に還る。

「あ、あゆーーー!」

が。

すぐに灰はもこもこと盛り上がり、消える前のあゆがそのまま復元された。

「あ、あれ?」

困惑しているあゆ。

俺も困惑。

ちなみに舞はこのネタの間、ずっと喋っていない。

「まぁ、アンデットには効かない魔法なので、使うときには注意してくださいね」

「…つーか使うな」

ゲームでもリアルでもだ。

お兄さんとの約束だぞ、と。

 

そうして、1ヶ月のときが流れ去った。

入りたての頃はまだ頼りなく、うぐうぐ鳴いていたぴよっこだったが、今となっては立派な漢の顔になった。

筋骨逞しくなり、アゴも二つに割れ、オーラの力で身長が十数メートルに見えるほどだ。

「うぐぅ、そんなことないよー」

「あぁ、装甲の強化といっても、ちゃんと自らの肉で補填しろよ。 パットとかいう増加装甲は認めん」

「うぐぅ。 って、ボクが今までしてきたのは、魔法の特訓だよっ! 胸は関係ないの!!」

「そうやって、未来に希望が無い要素を切り捨てるのは、人生においても重要だからな。 俺は責めないぞ」

「うぐぅ…」

うぐぅが、俺の素晴らしいボケを活かさない、温いツッコミをする。

このペーペーなツッコミが示すとおり、こいつは一ヶ月前から、まったく性能が向上していない。

「佐祐理さんを見習って、少しは胸部の装甲を強化しろ」

「うぐぅーー! ボクは運動性重視なんだよっ!」

うぐぅは俺の論理的指摘と、その中にちらりと垣間見える密やかな優しさに押し黙ってしまったが、今回の目的はそんなことではない。

今、俺達がいるのは噴水のある公園。

水量の調節がおかしいらしく、割と頻繁にこちらへ水滴が飛んでくる。

俺は、こんな寒いというか冷たい場所で、まったく温まりそうもない漫才をしに来たわけではない。

今日の目的は…。

「ほれ、くやしかったら特訓の成果とやらを俺に見せ付けてみろ」

あゆの魔法の修行の成果を見ることだ。

「うぐぅ、祐一君がビックリしてビックリ死しちゃうような魔法を出すもん!」

「っ殺す気か!? 良いだろう、俺もお前を殺る気で見守ってやろう!」

「この緊張感、堪らない…」

「あははー、佐祐理にもあんな時期がありましたねぇ」

舞と佐祐理さんの二人は、水しぶきの当たらない遠巻きから、こちらを見ている。

俺も早く移動すれば良かったのだが、この殺伐とした空気では、先に動いたら殺される可能性すらあった。

顔にかかった飛沫も凍ってきて、そろそろ凍死の可能性も出てきたわけだが。

「いくよっ!」

先に動いたのはうぐぅだった。

俺の前で天に手をかざし、うぐぅ〜〜〜と唸る。

あゆの頭上で光が集束し、魔法が完成しようとする。

ドスッ。

「させるかっ!」

その頭に、俺はチョップを炸裂させた。

「うぐぅっ! 何するの祐一君!?」

同時に光が消え去る。

「いや、今何となく先に動いたほうが死ぬ雰囲気だったからな」

「意味が分かんないよっ!」

「まぁ、雰囲気に飲まれたということか。 人間なんて所詮流されやすい生き物だということの体現だな。 分かってくれるか?」

「祐一君が、難しいこと言って誤魔化そうとしてることだけは分かるよ」

「そうか、分かってくれたか」

あゆも分かってくれたところで、俺はさりげなく位置を変えて、飛沫の当たらない所へ移動する。

「うぐぅ、せっかく出来かけてたのに、やり直しだよ…」

「気にするな。 どうせ成功しても、パンチラ刈り上げ小学生とか、中の人が変わった丸刈り小学生とか、中島君とかが出てくるだけだ」

「そんなことないよ! 見ててよ、祐一君がビックリ死しちゃうような魔法を出すから!」

「お前はよっぽど俺を殺したいようだな…。 いいだろう、俺もお前を殺す気で見守ってやる!」

「うぐぅ〜〜〜」

あゆの手に光が集まり始める。

俺は反射的にチョップをかました。

「また!?」

「人は愚かな歴史を積み重ねていく生き物なんだな…」

「うぐぅ〜、今度こそ祐一君がビックリ死するような魔法を唱えるよ!」

「なんと! では俺もお前を殺す気で見守ってやる!」

あゆ、魔法を唱える。

俺、チョップ。

……………………………。

「祐一さ〜ん。 選択肢がループしてますよー」

それから五回ほどその行為を繰り返した時点で、佐祐理さんが遠くから言う。

「ぬぉ、気付かなかった!」

「祐一君、途中から絶対ワザとだったよ!」

頭に五段タンコブ、その上にアホ毛、さらにその上にカチューシャと、これが挿絵つきでない事が非常に悔やまれるビジュアルをしているあゆ。

ヤジロベエのごとく、カチューシャがゆらゆらとバランスを取っている。

「というか、お前が同じセリフを何回も言うからいけないんじゃないか」

「あはは〜、選択肢を変えられるのは主人公だけなんですよー」

「…なるほど」

一応このSSでも主人公だったんだな、俺は。

変なところで感動してしまった。

「と、いうわけだ。 もう一回さっきのセリフを言え」

「うぐぅ、もうチョップしない?」

「ああ、パンチもキックもネリチャギもしない」

「それじゃぁ言うよ。 えっと、祐一君もビックリしてビックリ悶絶死するような魔法を遣うよ!」

なるほど、さっきは自然と受け答えしていたが、ここで選択肢が出ていたわけだな。

 

どれどれ。

 

1.「いいだろう、俺もお前を殺る気で見守ってやる!」

 

2.「たとえ死んだとしても、俺達の愛はエイエソだ!」

 

…アレ? 何だ、この脈絡の無い選択肢は。

 

「佐祐理さん。 これ、他に選択肢は無いのか?」

「あはは〜、どんな選択肢が出たのかは知りませんけど、このゲームは基本的に二択しかありませんよ〜」

ぐあ、片方が明らかに選びたくない時に限って、無限ループ選択肢ってのは、世の中の常識だよな…。

とにかく、1を選択してもこのSSの容量稼ぎぐらいにしかなりえない。

ここは、勇気を出して、2、だ。

なぁに、今までだって散々歯の浮くようなセリフを並べ、佐祐理さんの依頼人を散々ゲッツしてきた俺じゃないか。

ある時は病気を治して欲しいという少女とその姉を。

ある時は人間になりたいという願いを持った狐とその飼い主を。

ある時は猫アレルギーを克服したいという少女をスルーしてその母親を。

その度に、佐祐理さんにその10倍以上に濃い時間を要求されたが、まぁ結果はオーライだった。

笑顔でミジンコやクマムシに変えられたのだって、今となっては良い思い出だ。

「だがしかし、だがしかし…」

これで良いのか?

そんな世紀末覇王の俺だからこそ、ここでうぐぅなんぞに甘言をささやくなどという行為は許されないのではないだろうか。

いや、別にうぐぅは嫌いではない。

だが、こいつのようなお子ちゃまを積極的に口説くようになっては、世界の半分を敵に回す男、相沢祐一として失格なのではないだろうか。

「なんか、祐一君がとっても失礼なことを考えてる気がするよ」

「うぁるしゃーーー!」

「ゆ、祐一君が壊れちゃったっ!」

「ハァ、ハァ、ハァ…」

「祐一さ〜ん」

「な、なんですか佐祐理さん」

「よろしかったら、佐祐理の魔法で選択肢を増やして差し上げましょうか?」

「できるのか、そんなこと!?」

「あはは〜、祐一さんが望むなら、CG100%も、モザイクを消すことも可能ですよー」

…まるで改造ツールのようなお人だ。

「モザイクは今度やってもらうとして、とにかくこれ以外の選択肢を頼む」

「はい、分かりましたー」

そう返事をすると、佐祐理さんはおもむろに3次元の狭間からマジ狩るステッキを取り出した。

そしてそれを、しゃららら〜んと振る。

…しばらくは何も起こらなかったが、不意に、俺の口が自分の意思と関係なく動き始める。

これが佐祐理さんの魔法か!

俺の口からこの状況を打開する素晴らしいセリフを発生させてくれるんだな。

「…イイカラトットト魔法デモ何デ゙モ使エヤボケ。 コチトラコノ寒イ中ズット笑イ顔貼リ付ケテ待ッテンネンゾ」

うわっ、なんか酷いのでた!

ていうか、笑顔貼り付けてって…。

俺は急いで後ろを振り返る。

佐祐理さんは寒い中笑顔を貼り付けてあはは〜と笑っている。

「って、これ、思いっきり佐祐理さんの気持ちだろ!」

俺が叫ぶ。

するとすぐ、閉じた口が自分の意思とは無関係に開いて。

「アハハ〜、ソンナコト無イデスヨー」

勝手に喋った。

「って、人の口を使って喋らせないでくれ! 俺は腹話術の人形…アハハ〜、ゴメンナサイ。 ほら、また!」

「…祐一、不気味」

「うるさい! おま…アハハ〜佐祐理愛シテル〜。 だから、変なこと言わせないでください! お願いします!!」

すると、俺の口がゴメンナサイーと自分に謝って、俺は支配から解放された。

あゆを見る。

…さすがに怒ってるだろうな。

うぐぅだから状況も理解していないかもしれないし。

「祐一君がそんなこと言ってくれるなんて、感激だよぉ」

「はぁ!?」

あゆの口から出たのは、本人も言っている通りの感激の言葉だった。

目からも涙が出そうになっている。

「…お前って、被虐趣味とかあったのか?」

あんなことを言われて喜ぶなんて、それ以外に考えられない。

「祐一君から告白してくれるなんて…」

ん、告白?

その言葉で、俺は閃いた。

「佐祐理さん」

「はい、何でしょうか?」

「なんかこれ、さっきの選択肢2を選んだのと同じ展開な気がするんだが…」

「あはは〜、気の所為ですよー」

と、笑顔ではぐらかされてしまったので、あゆを見る。

「実は、ボクも昔から祐一君のこと…」

「ほらっ、やっぱり変なフラグ立ってるし!」

やはり改造ツールでは文章を変えるぐらいが精一杯だったのか!

「だからボク、祐一君のためにもがんばるよっ!」

涙の溜まっていたあゆの瞳が、キラキラと光る。

うわっ、なんか眩しい!

心に、心に刺さる!

こんなんだったら素直に2の選択肢を選んでおいたほうが良かった。

「見ててね! この魔法、絶対に成功させて見せるから!」

「あ、あぁ、がんばれよ…」

「いくよ、ボクの愛の大魔法!!」

恥ずかしいセリフと共に、あゆの全身が光に包まれる。

いつもとは比べ物にならないくらい、目も開けていられないほどの眩しさだ。

そして、それが視認の限界を超えかけた時、あゆがその光の玉を空に放り投げた。

凄い速度で上空へと舞い上がっていく。

やがてそれは、灰色の雲に覆われた空に吸い込まれていった。

一分ほど、俺達はアホ面を晒したまま空を見上げ続ける。

首が痛くなって視線を戻すと、あゆは口元をうにょうにょとさせて、うぐぅと唸っている。

「…で、これはどういう魔法なんだ?」

「う、うぐぅ、ちょっとまって」

あゆが再び上空を凝視する。

俺もそれに倣って視線を上げた。

「…」

「…」

何も無い空。

いつの間にか俺の視線は空を舞うカラスを追っていて、それの着陸と共に、俺はまた視線を地上に戻す。

「…まだか?」

「祐一君、祈って!」

「はぁ?」

「祈れば魔法はきっと多分完成するよ!」

「…つまりは、現段階だと失敗というわけだな」

意味不明なうぐぅ語を俺脳内うぐぅ語翻訳機にかけて訳す。

「あはは〜、舞、帰りましょうか」

「はちみつくまさん」

検索結果を知った二人は、背を向けて帰ろうとする。

…俺も帰ろう。

「ちょ、ちょっと待って! ほらっ、祐一君祈って!!」

そんな俺の煤けた背中に、うぐぅがしがみついて来る。

凹凸も無いので嬉しくない。

ダッフルコートの留め具が唯一か…。

やはり嬉しくないので現状維持は却下。

「あ〜、はいはい。 ええと、うぐぅのショボイ魔法が成功しますように、と。 奇跡でも起これ〜」

「なんかやる気ないよ!」

んなもん出るか。

「うるさい! こちとらこのクソ寒い中ずっと漫才してるんだぞ!  いい加減グダグダだろ! 茶菓子の一つぐらいも用意しろっ!!」

「今そういう魔法を出そうとしてたんだもん!」

「ンじゃ早く出せ!ほれ、カム! COME・IN・MY・MOUSE!!」

空に向けて大口を開け、俺は茶菓子の来襲を待つ。

「…祐一、ネズミさん何処?」

「俺の心の中のマウスに茶菓子を出せ!」

「あはは〜、祐一さん、それ決して上手い事言ってませんし、間違いを誤魔化せてもいませんよ〜」

勢いで舞にビシッと指差してみたものの、佐祐理さんに笑顔かつ冷酷に切り返され、俺は固まった。

「ええい! こうなったら雪でいい! 雪食うぞ!」

「…祐一、壊れた」

「あははーっ、アレは引っ込みがつかなくなって暴走してるだけなんだよ〜、舞」

「なるほど、参考になる…」

頼むから、冷静に観察しないでくれ…。

そのときだった。

ポトッ。

俺の口が、空から降ってきた何かによって塞がれる。

「ふががっ!」

雪か!? 雪なのか!? ボケの神様が俺の願いを叶えるべく、奇跡を起こしてくれたのか!?

「やっすい奇跡ですね」

いや、それにしては大きい! それに融けない!

「考えるより、先に見たほうがいいと思うよ」

ていうか美味い!

「…みまみま」

擬音を出してそれを租借している舞がチラッと見えた気がしたが、気のせいだ。

まだノーヒントだ!

「はい、正解はタイヤキですよー」

「言っちゃうし!」

俺がこれから超絶ボケをかまそうとしていたのに。

がっかりしつつ口の中のものを出す。

確かにタイヤキだ。

非難の気持ちを込めて佐祐理さんを見る。

「あははーっ、あははーっ」

「な、なんか二回続けて言われると凄く怖いよ、あの笑い方」

「つっこんじゃいかん! あの笑い方は怒りが頂点に達しつつある証拠だ!!」

と、そこで俺は気が付いた。

「ん、タイヤキ?」

先程まで何もなかった空を見上げる。

すると…。

「タイヤキ! タイヤキだよ祐一君!!」

空から、幾千ものタイヤキが降ってきていたのだ。

「おおぉぉぉぉ! マジかっ! マジで成功したのか!?」

「すごいすごいすごい! 本当にすごいよーーっ!」

あゆが、その少ない語彙で感動を表す。

俺もそれに感化されて、一緒にはしゃぎまわる。

「あっ、でもこのままじゃ、可愛いボクのタイヤキ達が地面に落ちちゃうよ!」

ぺち。

ぺちぺちぺちぺち。

やはり救いきれず、落ちるタイヤキたち。

「うぐぅぅぅぅ!」

「あきらめろあゆ! こら、食おうとすんな!」

「…三秒ルール」

「お前も煽るな!」

グシャ。

そしてその他の物。

「うわ、今潰れた! ちゃーとかハーイとか言いそうな幼児が地面に激突した! でも見ない! グロだから見ない!!」

尊い犠牲を生み出しながらも、俺達はタイヤキを集め、その場で貪り尽くした。

俺の満腹中枢が血涙を流しながらギブアップをするまで、そう時間はかからなかった。

「ぐぅ、ふぅ、はぁ、ハァ、ハァ…うっぷ…。 もうタイヤキなんて当分食いたくねぇ…。 見たくもねぇ」

言えども、周りはタイヤキの海。

空からは既に降り止んだが、一帯は泳げるんじゃないかってほどタイヤキで埋め尽くされている。

ときにグロ画像が転がっていたりするが、そっちを直視すると胃の内容物をぶちまけてしまいそうなので却下。

「うぐぅ、ボクはまだ食べたいけど、胃袋さんがこれ以上食べるとクーデターを起こすっていうんだよ。 ごめんね、ごめんね、ボクのタイヤキ…」

うぐぅも同じ状態のようだ。

心意気はかなり違うが。

地面に横たわったタイヤキたちに向けて、膝を突いて謝っている。

「…みまみまみま」

舞は神速で捕獲したタイヤキ達を両手いっぱいに抱え込み、妙な擬音で食っている。

そのうちあそこのグロも処理してくれるのではないだろうか。

「それにしてもよく成功したなぁ、あんな大魔法」

「そうだね、自分でも驚いたよ!」

「考えてみるとこれ、凄い魔法だよな。 食糧危機が救えるだろ」

 あゆが手当たり次第にタイヤキを出しまくれば、食うものに困る人間もいなくなることだろう。

甘い物の食べすぎで虫歯になる人間も続出するだろうから、歯医者も儲かって一石二鳥だな。

「うぐぅ、それは無理だよ」

「なんで?」

もしや、このタイヤキは自分専用とでも言う気か?

うぐぅだったらあり得るな。

「この食欲大魔神!!」

「うぐぅ、なんか変な罵倒された!」

「違うのか? だったらなんでだよ」

「だってこのタイヤキ、あそこのとかだもん…」

あゆが、公園の奥にある一軒の屋台を指差す。

そこの屋台の中では、何かを焼いていたであろう店の主人が、何も無い自分の店の鉄板を見て慌てふためいている。

看板には、でかでかとタイヤキ屋の文字…。

「あそことか、って…どういうことだ?」

「うん、他にはねぇ…。 祐一君は浪○屋って知ってる? あそこは泳げタイヤキ君のモデルにもなった店で…」

つまりは、なにか?

こいつのこのタイヤキは無から有を作り出すようなサイババ系の魔法ではなく、遠くの物を自分の所に呼び寄せる魔法だと。

「あ、でもこれって、ただタイヤキをもってくるだけじゃないんだよ。 なんと、できて30分以内のものを選別するようにできてるんだよ!」

ぼかっ!!

「うぐぅ〜〜〜祐一君がぶったぁ!」

「ぶつに決まっとろうが! 何だその夢も希望もない魔法は!!」

「でも、食い逃げはしてないよ!」

「お前のしたことは窃盗だ窃盗! 結局犯罪行為! 何だ、お前はいっぺん塀の中で暮らさんと更生できんのか!?」

「うぐぅ、こんなに美味しいのに…」

うぐぅが、俺の説教を聞きながらタイヤキを口に入れる。

ぼかんっ!!

「食うなぁぁ!! 良いか、美味しさとかは関係ないんだよ! 分かるか、分かるよなぁ!? 分かったらとっとと返してこい!!」

即座にあゆの頭を叩き、首を掴んでブンブンと揺する。 

「うぐぅ、二度もぶったね!」

「そ〜ん〜な〜小ネタいらんのだ! ほれ、さっきの魔法も応用とか出来んのか!」

「そんなのあるわけないよ!」

「無い胸で誇るな!」

ゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさ。

ひたすら揺する。

勿論胸は揺れない。

「う、うぐぅ、祐一君。 あんまり揺さぶられると食べたタイヤキが…」

「吐け! 吐いてしまえ! 吐いた分もちゃんとお店の方々にお返しして差し上げろ!!」

「あははーっ、そんなもの返されても、お店の方が迷惑だと思いますよー」

ふと気付くと、佐祐理さんが後ろに立っており、俺は一旦手を止めた。

「佐祐理さんは知ってたのか? この犯罪魔法のこと」

「あははーっ、知りませんでしたー」

デフォルト笑顔で話す佐祐理さん。

ただし、口元が零コンマ01秒引きつったのを、俺は見逃さない。

「祐一さんは知ってますかー? この世界の設定だと、魔法を使うとすぐに感知されてばれてしまうんですよー」

唐突に、設定の話を持ち出す佐祐理さん。

彼女が笑顔なのは描写するまでも無い。

「えっ、じゃぁボクの魔法も見つかっちゃうの?」

「…ばれなきゃ良いっていうお前の倫理観は何だ」

「そしてですねー。 見つかった魔法が犯罪行為であった場合、教えている人間にも責任が及ぶんですよー」

「うわ…」

「うぐぅ?」

俺は、その一言で、佐祐理さんの言いたいことを悟った。

うぐぅは、脳が壊死していて気付いていないらしい。

「きっと佐祐理は、後で久瀬さん辺りにネチネチとお説教をされてしまうんでしょうねー。 ついでにお家の自慢もメガネの自慢もされてしまうことでしょう」

そんなこと自慢してたのか、あいつ。

そりゃぁ嫌われるわな…。

「佐祐理は、とても憂鬱です…」

いいながら、佐祐理さんはマジ狩るステッキを胸の前で構えた。

そこでようやく、危険を察知したらしいうぐぅが後ずさりを始める。

「佐、佐祐理さん…」

俺は既に5メートルほど退避をしていた。

「ゴメンナサイーーー!」

言いつつ、あゆが食い逃げで鍛えた脚でダッシュを始める。

「あははー、あゆさん、そんなに慌てなくても平気ですよー。 佐祐理は別に、大規模破壊魔法なんて唱える気はありませんからー」

「うぐぅ、ヘイストーー!」

うわ、あいつあんな魔法まで覚えてたのか。

…どうせ食い逃げのためだろうが。

「本当ですよー。 ただ佐祐理はそこのグロ画像さんを復活させる呪文を唱えるだけです。 ただ、少しばかり手元は狂いますが」

「決定事項ですか!?」

タイヤキの中にまぎれるグロ画像。

どう見ても生命の鼓動は感じられない。

それを復活させる呪文となると…。

「はい、行きますよー。 …『アレイズ』」

佐祐理さんが呪文を唱えると、フワフワでキラキラで温かそうな光が、あゆに向かって飛んでいく。

が、それに接触したあゆは、走ったままの勢いで雪道にヘッドスライディングをかまし、そのまま動かなくなった…。

「アンデットだもんなぁ、あいつ…」

不死系モンスターに蘇生魔法は、ボスでも倒す一撃必殺だ。

フェニックスの尾で死ぬボスを見て萎えた思い出が、読者にもあろう。

キラキラキラキラ。

やがて、うぐぅの頭上に天使様が降ってきた。

「佐祐理さん、天使様が見えるよ…」

「あはは〜、そうですねぇ、パトラッシュ」

犬ですか、俺は。

…まぁ、関係としては似たようなものだが。

やがて、うぐぅからも羽が生えて、奴が空へ消えていくのを、俺たちは見守り続けた。

「迷わず逝けよ…」

しばし黙祷。

「あ、そういえば舞は?」

「あははーっ、まだタイヤキを食べてますよー」

「底なしか、あいつは…。 ほれっ、帰るぞ、舞!」

「…まだアレを食べてない」

「アレを食うとカ二パリズムだから俺が引く。 読者も引く」

「分かった。 帰る」

「それにしても、祐一さんのご飯はしばらくの間タイヤキになりそうですねー」

「ちょっ、処分するの俺ですか!?」

「あははーっ、がんばって下さいねー」

「そ、そりゃないっすよ、佐祐理すわぁ〜〜ん」

こうして、極自然に、極爽やかに、一人の魔法遣いの話は幕を閉じた。

 

 

後日談。

成仏したと思われていたあゆは、いつの間にか本体へ戻っていたらしい。

ただし、佐祐理さんにおっ被せられた借金の所為で、今は借金取りから逃げ回っているらしいが。

「うぐぅ、後日談にしないで助けてよ、祐一君!」

「迷ワズ逝ケヨ。 終劇っと…」

 

 

終劇

 


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