この物語の舞台は、現代のとある北国だ。
でも、この世界では“魔法遣い”という存在が普通に認知されている。
しかしそのほかは、俺たちの住むこの世界となんら違いがない。
テレビも携帯電話もパソコンもある。
車だってガソリンで走っているし、電車や飛行機だって、科学の力で動いている。
ただ身の回りに魔法遣いが居て、正式な手続きさえ取れば、誰でも魔法遣いに魔法を依頼することが出来るのだ。
まぁ、そんな、どこかで見たことのある設定の世界の話。
魔法遣いに鯛窃なこと
「…遅い、ですね」
俺は、隣に座っている女性に話しかけた。
「そうですねぇ、何か問題が起きたんでしょうか? ちょっと心配です…」
倉田佐祐理さん。
通称マジ狩るさゆりん☆(星含め通称)。
世の中に並ぶもの無しと呼ばれる、稀代の大魔法遣いだ。
一応、魔法労務統括局、こちらは普通の通称、魔法局に勤めている。
つまりはバリバリのキャリアウーマンなのだが、本人は役職を魔法少女だといって憚らない。
それって役職なんですかと聞いたら、「あはは〜」と笑って、はぐらかされてしまった。
それ以上追及しなかった俺を、友人達はアバウトな奴だと評する。
しかし奴らは、これが俺の処世術だとは知らない。
俺こと、相沢祐一は、命の危険が無い時のみ、チャレンジャブルな男なのだ。
「俺ちょっと見てくるよ」
座っていたソファーから立ち上がり、玄関を開ける。
本来なら今日は、魔法見習研修を受けに、研修生が来るはずなのだが…。
ドガッ!
「ぐふぅっ!」
いきなり胸に衝撃。
て、敵襲か!?
いや、こんな温い世界観に、そんなものは存在しないはず…!
いや、それより先に敵機の確認だ!
どこから攻撃してきた!?
「うぐぅ…」
…胸元で声が聞こえた。
視線を下げてみると、そこには鼻を押さえて痛がる少女が。
「お前か! 謎の敵対組織の手先は!?」
「うぐぅ、何のこと? ボクはただ、遅刻しそうだったから走ってただけだよ」
「とぼけても無駄だ! ええい、埒が明かん! とにかく来い!」
人に体当たりをかましておいて無実を主張するとは、かなりの極悪人に違いない。
言い訳を重ねる少女の手を引っ張り、俺はとにかく建物の中に戻った。
「ふぇ? 祐一さん早かったですねー」
いや、外に出てから3分も経ってないし。
もはや早いとか言う問題でもないだろう。
それはともかくとして。
「そんなことより佐祐理さん。 一大事だ」
俺はここまで引っ張ってきた人間テロマシーンを、佐祐理さんの前に差し出す。
「あ、なるほど」
さすが学生時代は常に主席だった…といわれている佐祐理さんだ。
俺の言いたいことを、すぐに察してくれたようだな。
こんな人が一流魔法遣いだなんて、頼もしい限りだ。
きっと進路相談で佐祐理さんが、「あはは〜、私マジ狩るさゆりん☆になります」 とか言った時には、担任は涙を流したことだろう。
むろん、嬉し涙でだ。
が、俺が当時の担任の気持ちになって、彼女の将来について思い悩んでいると、佐祐理さんは思いもよらぬ行動に出た。
「では、これからよろしくお願いしますね〜」
なんと、うぐぅと鳴いた非人道兵器に、ぺこりと頭を下げたのだ。
「うぐぅ、ボクは非人道兵器なんかじゃないよぉ…」
「人を悶絶死させるような体当たりをしておいて謝りもしないお前は、まさに『人ノ道二非ズ』だ!!」
要するに、人の道に外れた輩という意味である。
虐殺兵器を名乗りたいのであれば、そのバックパックの羽から空気の刃ぐらい出してみろ。
「うぐぅ〜、だから兵器じゃないもん!」
が、とにかくそれはどうでも良い。
思考を読まれたこともこの際どうでも良い。
「思いっきり口に出してるよっ!」
問題なのは、そんな少女に、佐祐理さんがどうしてよろしくお願いするのかだ。
「まさか、これからこいつを戦術爆弾UGUXUとして使う気ですか!? 確かに魔法局のエリートボンボン久瀬は鼻につきますけど、武力行使に頼ったらまずいですよ!!」
俺の明晰な頭脳が、すぐさまうぐぅの使い道を弾き出した。
久瀬というのは、魔法省の役員だ。
言動がやたら大仰で気障ったらしく、佐祐理さんにしつこく付きまとってきている。
本人は気付いていないが、やつが仕事の件で魔法局に来た佐祐理さんに、関係のない事をぺらぺら話しているとき、彼女愛用のマジ狩るステッキが、ウィンウィンと力を溜めているのを、俺は何度か目撃していた。
ついでに、その余波で、役所のソファーが焦げている様も目撃していたが、人には話していない。
「あははー、佐祐理は頭の悪い子ですから、そんなこと思い付きもしませんでした〜」
「…って佐祐理さん。 思いついたら実行したのか?」
「ふぇ? もう、祐一さんって本当に面白いですねー」
佐祐理さんは一瞬キョトンとした顔になって、その後いつものようにあはは〜と笑った。
「あ、はは、そうだよなぁ…」
どうやら佐祐理さんは、俺の言葉を冗談だと受け取ったようだった。
そうだよな、いくらマジ狩るな佐祐理さんだからって、そんなことをするはずが…。
「あの方を処理するなんて、ボールペン一本あれば充分ですから」
さっきと変わらぬ笑顔。
兵器に人権はないと思って、さっきから意図的に無視していた、うぐぅのうぐぅうぐぅという声もやむ。
「あ、あははははははは…」
俺はとりあえず、虚ろに笑っておいた。
ボールペンの使い道など知らない。
奴を日の当たらない場所に移転させるための書類を書く道具なのかもしれないし、あるいはもっと物理的な使いかたをするのかもしれない。
だが、俺はそれを問い詰めるようなことはしなかった。
冒頭でも言ったが、これが俺の処世術なのだ。
「え、な、何で笑ってるの?」
笑ろとけ笑ろとけ。 吉本の芸人もよく言っている。
どう反応して良いか分からないときには、とりあえずwとでも打っておけば良いのだ。
「うぐぅ、無視された…」
「で、兵器じゃないとすると、こいつをどう利用するんですか?」
場も流れたと判断した俺は、改めて佐祐理さんに問いかける。
「あははーっ、利用なんてしないですよー。 むしろ私達は彼女をお世話する立場です」
「と、言うと…」
「はいっ、彼女が私たちの待っていた、月宮あゆさんです」
「そうなのか?」
「え、じゃぁここが、年齢的にギリギリな魔法少女さんが住むっていうボクの研修先?」
「ああ、そう…」
俺の疑問に対し、やたら正確な…ではなく、失礼な表現で質問を返す月宮うぐぅ。
質問には答えられていないが、このリアクションからすれば間違いないようだ。
俺も思わず同意しそうになったが、幸か不幸か、途中で佐祐理さんの雰囲気の変化に気付き、思いとどまった。
笑顔なのに変わりはないが、こめかみと口元が断続的に痙攣している。
右手がしきりにソファーを這い回っているのは、何時もそこにおいてあるマジ狩るステッキを探しているからだろう。
「あははーっ! 私がそのギリギリの、倉田佐祐理ですよー」
やばいっ、佐祐理さんがステッキを手に取った!
俺はそれが見えるのと同時に、急いで声を出す。
「俺は相沢祐一だ! 趣味は立ち読みするときに、わざと上から二番目の雑誌を使うことだ! これからよろしく頼むぞ、あゆあゆ」
「うぐぅ、ボクはあゆあゆなんて名前じゃないよー」
俺がウィットさん(アメリカのハリウッド在住)のようなジョークを飛ばすと、それに釣られて、佐祐理さんの黒い気配が緩んだ。
とにかく、研修一日目の研修生が惨劇にあうという事態は避けられたようだ。
いや、うぐぅはテロ兵器だし、佐祐理さんはそれを正当防衛で防いだことにすれば、あるいは…。
って、何で事後処理の算段をしているんだ、俺は。
「ともかくよろしくな」
「あ、うん。 よろしく祐一君」
名を明かした途端に君付けかい。 一応このSSでは初対面なんだぞ、俺達。
せっかくこっちが気を使って、うぐぅとかあゆあゆとかの正式名称で呼んでやっているというのに。
まぁ、場の雰囲気を考慮して、ここは流しておいてやる。
「それと、ギリギリの佐祐理先生もよろしくお願いしますっ」
だが、俺の気遣いは、一mの邪気もないであろう、あゆの一言で、簡単かつ破滅的に無駄になった。
「に、逃げるぞ!!」
俺は急いで立ち上がると、あゆの手を取り、全速力で家を出た。
背後であゆが恥ずかしそうに、「いつもと逆だね〜」などと能天気な声を上げていたが、そもそも俺達は初対面である上、今回も罪を犯したのはこいつであるため、幻聴だと判断する。
どかーーーーーーんっ!!
俺達が家を飛び出すと共に、とんでもない音が家の中から飛び出した。
ピンク色の魔力の奔流を受け、家の屋根が重力の束縛を振り切る勢いで上昇する。
隣で手を握ったままのうぐぅが、「た〜まや〜」と能天気な声を上げている声が聞こえた。
とりあえずそれを無言で殴り、うぐぅが「うぐぅ」と呻き、そして、月宮あゆの魔法遣いとしての研修期間が始まった。
家の屋根が地上に戻ってきてから、一時間が経ち(吹き飛んでからではないところがポイント)、俺達は再び、同じテーブルについていた。
取り合えずうぐぅが無事なのは、俺の努力の賜物である。
「あはは〜、日曜日と火曜日と水曜日と木曜日と金曜日と土曜日、楽しみにしてますね〜」
「…月曜以外、全部?」
ちなみに、事前交渉における努力はほぼ無駄に終わったので、むしろこれから努力しなければならなくなる模様だ。
「ふえぇぇ、祐一さんは佐祐理と一緒にお出かけしたり、買い物をしたり、その後お食事をしたり、夜の街に消えたりするのは嫌なんですか?」
「いや、かなり嫌じゃないけど」
特に最後のは。
しかし連続6日間か…。
もつかな?
「あはは〜、祐一さんは逞しいですから、きっと平気ですよ〜」
さすがはマジ狩るな佐祐理さん。 男心をくすぐるセリフがよく分かっていらっしゃる。
しかしまぁ、それはそれとして。
「コホンッ。 で、それならあゆの事は不問にしてくれる?」
「ええ、勿論良いですよー」
「ええと、じゃぁ、あれをなんとかしてやってくれ…」
俺の視線の先は、水槽の中の一匹の魚。
「あゆを、きちんとした姿に戻してやってください」
うちの魔法研修生、月宮あゆの変わり果てた姿だった。
やはり一時間では、佐祐理さんの怒りは消えなかったらしい。
「ふぇ? あゆさんって元からああいう姿じゃありませんでしたか〜?」
「大分違うと思うぞ」
今にもうぐぅと言いそうな口とか、凹凸のない胸とかは面影を残しているが、それ以外はどうみても哺乳類に見えない。
というか、佐祐理さんがあゆに呪い…ではなく魔法をかけたところを、俺は目撃していたし。
「でもほら、ちゃんと鮎さんですよー」
「いや、『鮎』じゃなくて『あゆ』に戻してくれ」
そんなところで洒落を聞かされても困る。
確かに脂も乗って旨そうな鮎だが…。
じゅるり。
いかん、涎が。
「あははーっ、佐祐理は頭の悪い子なので字面の違いになんて気付けません〜」
そういうのは頭の良し悪しじゃなくて、小説内における暗黙の了解だと思うぞ、佐祐理さん。
今日の佐祐理さんがいつもより少し意地悪なのは、さっきの俺があゆを狙う獣の目をしたからかもしれない。
いや、実際に俺が欲したのは、あゆとしてではなく、鮎としての奴の体だが。
変身前よりずっと魅力的だ。
しかし、このままでは話が平行線だ。 ここはバシリと言ってやらねば。
「…月曜日、どこに出かけようか」
「あはは〜、一日中家でも佐祐理はかまいませんよ〜」
…それは絶対に持たないから、止めてください。
二日目。
俺の努力の甲斐あって、佐祐理さんは機嫌を直してくれた。
「まだまだ回転が足りませんよー」
「はい、師匠!」
俺が起きると、特訓場で二人はくるくると回っていた。
「これは何の修行なんですか?」
「あはは〜、魔法少女といえば変身シーンです。 となれば回転ですから〜」
佐祐理さんが回りながら答える。
魔方陣を描く修行のためにクルクル回転していた魔法少女がいたが、そういうものとは関係ないらしい。
「そういうもんなのか?」
「そういうもんですー」
確かに、昔見ていた魔法少女はくるくると回転しながら変身していたが、それにしても…。
一切のふらつきも見せずに、笑顔で高速回転を続ける佐祐理さん。
ギュインギュインと言う幻聴すら聞こえる。
「うぐぅ〜、目が回るよぉ〜〜〜」
対して、フラフラになりながらもそれに続くうぐぅ。
その必死な様子に俺は「あんた、変身しなくても魔法使えるだろ」というツッコミはしないであげた。
翌日、特訓上の床に円形の穴が開いていたが、見なかったことにしておこう。
三日目。
俺はあゆに聞いてみた。
「なぁお前、何で魔法なんて使いたいんだ?」
佐祐理さんは仕事でいない。
昨日の影響で未だにこころなしか目が回転しているように見えるあゆを見る。
…目を見ると、俺の目まで渦を巻きそうだ。
ただでさえ昨夜は佐祐理さんが離してくれなくて、視界も全体的に黄色いというのに。
「え〜と、それには複雑な訳があるんだよ」
そう前置きをした奴に限って、本当に複雑な理由を持っていることなど無い。
その前フリを聞いた時点で、俺はその話題に対する興味を失った。
「うぐぅ、祐一君ひどいよぉ〜」
…声に出ていたようだ。
「じゃぁ言ってみろ。 説明が5分以上続くようなやつだったら素直に感心してやる」
「うぐぅ、ボクはね、元々次の誕生日までの命だったんだよ」
「ああ、嘘エピソードとか関係無い話とか入れたら、簀巻きにした後、佐祐理さんに鰯に変えてもらうからな」
「うぐぅ…、弱い魚なんていやだよ」
俺の脅しに、うぐぅが黙った。
やっぱり嘘かい。
ってか、他のキャラの設定をパクるな。
「で、真相は? ほれっ、短くても良いから言ってみろ」
「ええとね、ボクはある日、とってもお腹がすいてたんだよ」
「ほう…」
「途中で牛丼屋さんとかアイスクリーム屋さんとかもあったんだけど、この胃袋がそれを突っぱねたんだ…。 『おいどんが欲しいのは、それじゃなか!』って」
「随分男らしい胃袋だな」
「言われてボクは気付いたんだよ。 ボクが欲しかったのはそう、タイヤキだったんだよ!」
「胃袋に諭されるな」
「それを求めてボクは走ったよ。 そして、ついに一軒のタイヤキ屋さんが見つかったんだ!!」
「オチも見えたし、そろそろ会話を打ち切りたいんだが…」
「でもその日は、運悪くお財布を忘れてたんだ…」
「元から何も食えなかったのに、街中を這いずっていたという訳だな」
「でもそれに気付いたときにはもう既に遅くて、タイヤキはボクの手の中にあったんだよ」
「返品すれば良いだろ」
「祐一君の鬼畜! せっかく生まれてきた熱々のタイヤキを、見捨てられるわけないよ!!」
「都合の良いときだけ反応しやがって…」
「ボクは走ったよ。 タイヤキのおじさんに追いかけられながら…。 苦しかったけど、あの子達を見捨てるわけにはいかなかったんだよ!」
…もうコメントが浮かばねぇ。
「でも、現実は常に無常だね。 結局ボクは途中で通行人にぶつかって、そのまま警察に突き出されちゃったんだ」
「正義は勝つんだな」
「通算10回目だったし、お巡りさんも優しい目でボクを見るだけだったよ」
しかも初犯じゃないと来た。
「タイヤキを収められるはずの胃袋にカツ丼をつめながら、ボクは思ったよ…」
「ほう」
「何でボクは、もっと早く走れなかったんだろうって…。 だからボクは、ここに早く走れる魔法を覚えに来たんだ」
「って、コラ」
ぼかっ。
俺は、あゆの頭を小突いた。
「うぐぅ〜、何でぶつの〜?」
「当たり前だこのバカほどうぐぅ! 逃げ足を強化したかったら、どこぞの陸上監督と世界を目指せや!!」
「あ、やっぱり、通行人に当たっても吹き飛ばせる魔法のほうが良いかな?」
「だから、何処の世界に食い逃げ補助魔法なんて覚えに来るやつがいるんだよ!」
予想以上にうぐぅな奴の思考に眩暈がして、俺は深いため息を吐いた…。
「何処でもタイヤキを出せる魔法〜ぐらいだと思ってたのに…」
「もう祐一君ってば、そんな幼稚な事のために魔法なんて習いに来ないよー」
湧き上がる殺意をこの手に込めて、俺はあゆの頬を思いっきり引っ張った。
「ひゃ、ひゃめてよ祐一くん〜!」
「犯罪行為に走るよりは、少しぐらい幼稚な方が有意義だと思うがっ!?」
「うぐぅ〜〜〜〜、ほ、ほんとに痛いよ〜! 分かったよ〜! タイヤキを出す魔法にするから、やめてよ〜〜〜!!」
それを聞いて、俺はあゆの頬から手を放した。
バチンと音が鳴って、頬が元に戻る。
「うぐぅ…、なんか頬っぺたが弛んだ気がするよぉ」
頬をムニムニとさするあゆ。
…ああ、何で俺はこんな奴のため…。
「祐一さ〜ん、ただいま帰りました〜。 さぁ、昼の町に消えましょうか〜」
命を削ってるんだろう…。
一週間後。
「あ、祐一君。 おはようっ!」
「おう、おはよう」
朝、パジャマ姿のあゆと遭遇する。
何の色気も無いことにため息が出たが、俺にはそれよりも気になることがあった。
「まだ着替えてもいないのに、何でカチューシャつけてるんだ?」
奴の頭に燦然と輝く赤いカチューシャ。
考えてみれば、こいつがこれをはずした所を、俺はここの生活で一度も見たことが無い。
「う、うぐぅ、これは…」
さっと、頭に手をやるうぐぅ。
実に怪しいリアクションだ。
「もしかしてそれ…、魔力制御装置か?」
「うぐ? なにそれ」
「自分では抑えきれない力を押さえ込むための封印だったのさ! っていう展開のための布石じゃないのか? はずすとハイパーモードになるとか」
取ると性格が第二人格になるというのも、中々捨てがたいが。
「よく分からないけど違うよ」
「む、うぐぅのクセに生意気な…」
「うぐぅ、ボクはうぐぅなんて名前じゃないよ〜」
「いいからとっととはずせ!」
俺はうぐぅうぐぅ鳴いているあゆの頭に手をやると、赤いカチューシャを剥ぎ取った。
びよんっ。
途端、予想もしていなかった種類の擬音が、奴の頭から発生する。
「そ、それは…」
カチューシャで押さえられていた部分から、勢い良く髪の毛が跳ね上がったのだ。
世にいう、アホ毛という奴だろうか。
「うぐぅ〜」
アホ毛を一生懸命押さえながら呻き声を上げるあゆ。
「こんな所で原作の設定を引きずってたのか」
「うぐぅ…、タイトルだけだと思ってたのに」
俺もそう思っていた。
さらに一週間が経った。
体重が3キロ減った。
「そういえば、祐一君は誰の役なの?」
「役って何だよ」
「え〜とじゃぁ、そうじゃなくて、祐一君って何してる人なの?」
二週間以上一緒にいて、俺の役職も分からないのか。
「コンビニでジャンプをサンデーの下に紛れ込ませたり、ゲーセンで一時間に100円しか使わないことを目標にしたり、拾った物をレンガの上において、ちょっと良いことをした気分になる仕事だ」
「それって、無職…うぐっ」
すべてを言われる前に、俺はあゆの口をふさいだ。
「俺だってなぁ、俺だってなぁ、好きでこんなことやってるわけじゃないんだよ!!」
「当てはまる役がないから、しょうがないんですよね〜」
無個性になるしかない主人公の悲しい定めだ。
俺は乳首見せる係なんて、やりたくないし。
「え、じゃぁ何でいるの? 」
「おんどれらがボケ倒すから、進行役が誰もいないんだよ!」
存外に『とっとと消えろ』と抜かしたあゆのこめかみを、拳で挟み込んでグリグリとやる。
「うぐぅ〜うぅ〜うぅ〜うぅ〜、痛いー、イタイヨ祐一君ーー!!」
言い方がムカついたので、さらに強めにグリグリ。
「うぐーーーー!!」
「あははーっ、祐一さん。 それぐらいにしてあげてください」
…しょうがない、解放。
「それに、祐一さんにもちゃんとお仕事はあるんですよー」
「うぐぅ、それって何?」
「佐祐理のヒモです」
「あ、なるほど」
…佐祐理さん、いくらなんでもその役は酷だと思うんだが。
「うぐぅ〜〜!」
あゆが唸っている。
今回は俺が叩いた所為などではなく、本人が魔力を集中しているからだ。
俺はソファーに寝転び、昨日の逢瀬を思い出しながら、頭の中の数%をつかってあゆを一生懸命応援した。
「ファイト〜、うぐぅ〜、元気〜、食い逃げ〜」
「ゆ、祐一君! 邪魔しないでっ」
「む、人が精一杯応援してやっているというのに、生意気な」
「そんな応援いらないよっ」
そうこう言っているうちに、あゆの手に光が集まり始める。
不覚にも一瞬、俺はそれに見惚れた。
「えいっ!」
あゆが気合を込めると、光が収束して一つの形を造り始めた。
それはまるで、魚の形のようで…。
「って、まんま魚だろ、これ」
あゆの手の中には、一匹の魚が握られていた。
「うぐぅ、タイヤキがでないよ〜」
どうやら、魔法でタイヤキを作ろうとしていたらしい。
食い逃げ魔法を断念したところで、褒めるべきか…。
いや。
ぽかちんっ!
「うぐぅ、祐一君、なんでぶつの〜!?」
「オーマーエーはーアーホ〜か?」
「うぐぅ、なんで?」
「お前の手の中にいる魚を見てみろ」
言われて、あゆは手の中の魚に視線を落とす。
確かに鮮度もたっぷりだし、びちびちと活きも良い。
だが…。
「鯖じゃオチにならないだろう!? せめて鯛を出せ!!」
「うぐぅ…」
何のオチもなかった。
オチがないので続く