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その2の後・・・『目つきの悪い男天国』
「ふぅ、変態だったな」
「変態だったね〜」
「ダメだろ、名雪。『変態じゃなく大変だっただろこのボケナスが〜!!』と力の限り突っ込まないと」
「え、私なんて言った?」
俺が与えたもう一度のトスもさらりと潰す名雪。さすが天然、芸人泣かせな逸材だ。
「今のもダメだ。いつものように『あたしはそんなこと言わね〜!』って姉御調に突っ込まないと」
「私、そんな風に言わないよ〜」
「よし、そうだ。そういう細かいボケをつっこんでこそ、一流の芸人に近づくのだ」
いつもの、例の困った顔で、名雪がつっこむ。観点が微妙にずれているのも、まぁこいつの芸風だ。
「私、芸人になんかならないお〜」
「良いツッコミは、良いボケを生み出す。さり気なく萌えを出すのも良い姿勢だ」
俺はこいつがボケもツッコミもできる伊集院光のようなファットマルチタレントになれるように、一生懸命教育を施す。
いちごサンデーをおごるのも、言わば未来への投資だ。
「そんなに太ってないお〜」
なぜか名雪は赤面。乙女心だな。人の思考にまでつっこむとは、もはや俺が教えることは無いのかもしれない。
「祐一、思いっきり口に出してるよ」
「しまった、さすがツッコミ王だな。」
「私、女の子だお〜」
要するに、ツッコミクイーンと言って欲しいらしい。横文字でかっこいいな。
「かっこよくないよ〜」
「読心術か!?」
[祐一、しつこい・・・」
「いつまでやってんねん!!」
後ろから、関西弁で突っ込みが入る。やっぱり、ツッコミは関西弁だよなぁ。なんたってノリが違う。
・・・さて、今日のご飯はなんだろう。
「あ、さっきの人だ」
俺が体よく玄関に立つ男を無視しようとしたのを、名雪が台無しにした。
「・・・いかん、晴子語が伝染ってる」
目つきの悪い男よ、それは関西弁だ。
「て、言うかどうやって入った。家に入った時点で、俺は鍵を三重にかけたぞ」
三重というと、まず鍵を閉めて、チェーンをかけて、それから電子ロックまでかける完全武装だ。
何故水瀬家にこんなものがあるのか。まぁ、秋子さんのやったことなので大して気にならない。
「思い切り俺を拒否していたな。が、俺の法術にかかればあんなモノ、たいした事はない」
「法術って、そんなことができるのか!?」
「ふ、昔は錠前一つが限界だったがな。空腹で何度も死にかけた俺は、死の淵から蘇るたびに強くなっていったのだ」
「サイヤ人か、お前は」
しかし、秋子さんがつけた電子ロックを解除するとは、とんでもない能力だ。たぶん、アバカムと同じ効果があるぞ。
「今の俺に開けられない金庫は無い」
ルパン一味に加えてもらえ。泥棒したほうが明らかに儲かるぞ。
しかし、元が人形を操る能力なだけに、能力が強いなら色々できるのではなかろうか。
一昔前、毒電波であんな事やこんな事をするゲームがあったが、それも可能なんじゃないですか!?
「そういう話は、18禁サイトに行けばたぶんごろごろしてるぞ」
「祐一の助平」
「えらく古風な言い方だな、おい!」
ち、これも声に出していたとは、妄想系は口に出ないようになってたのに、俺も末期か?
「まぁ、男ってそういうことを考えるものだよな・・・」
目つきの悪い男も感慨深げに肯いている。こいつも頭に妄想爆弾を持つ側の人間か。
電波を使える日も近そうだな。
「で、人の家に不法侵入しておいて何の用だ?」
「居候させてくれ」
目つきの悪い男の、唐突で脈絡の無い発言。
「初対面の人間が何を言ってる」
「前にいった田舎村は、2軒も居候させてくれたぞ」
「だから、比べるんじゃない」
なんなんだ、その村は?
こんないかにも怪しげな男を居候させるやつなど、にははと笑う能天気娘や、手首に布を巻いた魔法
大好き少女ぐらいだろう。
と、階段が慌ただしくドンドンと鳴った。
「ふん、祐一帰ってきてたの?」
後ろから鼻息荒く登場したのは、真琴だ。俺が帰ってきたのを知って、急いで上から降りてきたらしい。ご苦労なことだ。
「よう、ピロ」
俺は今日も元気に空っぽな頭の上に乗るピロに挨拶した。
「私を無視するな〜!」
「よう、マコピー」
「あうー、マコピーっていうなぁ!」
「わがままなやつめ」
フレンチジョークなのに、まったくこいつの反応はおもしろい。
そういえば、こいつも居候だよな。しかも、初対面で住み着いた。
・・・秋子さんならもしや、一秒で了承してしまうかもしれない。
「了承」
「て、もうですか!」
気が付けば、さらに後ろに秋子さん。いつからいたんだろう?
「事情、わかってますか?」
「はい」
確認のため聞いたが、やはり即答されてしまった。家主の意見、というより秋子さんの意見だ。
逆らえまい。この人の前では、俺はツッコミに徹するより他無い。
「一秒で却下されたことはあったが、一秒で了承されたのは初めてだ」
男も驚いていたが、言ってもいないんだから、一秒も無いぞ。
「とりあえず、皆さん上がってください」
秋子さんの先導で、俺たちはリビングに集まった。
ただ、真琴はいない。あいつの人見知りパワーを、ただでさえ怪しい目つきの悪い男が増幅したからだ。
「何か食べますか?」
「頼む」
男は真摯な表情で秋子さんを見た。殺気すら放っているが、秋子さんは表情も変えず台所に引っ込んでいく。
「往人さんは、何で旅をしてるの?」
名雪はやけに親しげに目つきの悪い男に聞いた。順応性の高いやつだ。
良かったな、お前がこの話中一番最初にこいつの名前を呼んだ人間だ。
「空にいる少女を探してるんだ」
目つきの悪い男は、意味ありげで、その顔に似合わないロマンチックな言葉を吐いた。
「それがお前の口説きテクか。顔と話のギャップでくらっとさせようという魂胆だな」
「違う、マジな話だ!」
男は顔を真っ赤にして怒る。そう取られてもおかしくない出来事が多いのかもしれない。
「風船おじさんのこと?」
懐かしいネタを出すな、名雪。
「少女だ」
「じゃぁ、鳥人間コンテストに出て、琵琶湖を通り越して行方不明になっちゃった人?」
「最近多いらしいな」
「そんなやついない」
む、こいつやることは変だが、基本的にはツッコミらしいな。普段奇行を行っているだけに、説得力は無いが。
「お前に言われたくない」
「心を読むとは・・・」
「そのネタはもう賞味期限切れてるぞ」
「持病だ」
男は俺の言葉をさえぎった。ちゃんとつっこんでくれない。一応ごまかしておく。
「がちょ〜んとかと同じだお」
やっぱり古いぞ名雪。同い年とは思えん。
「持ちネタか」
なんか、納得されたっぽい。ちょっと悔しいぞ。
「住人さん、どのくらいここにいるの?」
「金が貯まったら出て行く」
道のりは遠そうだな。
「残念」
キャラが違うぞ、名雪。と言うかお前そいつと親しくしすぎだ。
何だ、その意味ありげなセリフは。初対面の男にかけるセリフじゃないぞ。
俺のハートは嫉妬のファイヤーでメランコリックだ。
そんな目つきの悪い男のどこかいいんだ!
・・・は、まさか、この男主人公化が始まっているのではないか!
それなら納得できる。やたらもてても不思議は無い。確かめなければなるまい。
「お前、ちょっと喋ってみろ」
「世界にはばたけ愛媛のみかん」
・・・俺はその言葉につっこむことすらできなかった。何故なら、いつの間にか男の湘北でバスケットをしていそうな声が消えていたからだ。
俺と同じ、声なしキャラになっている!男が久瀬や斎藤のように脇役になるのではない。むしろ逆だ。
これは『すみと(まだ間違ってる)のこえはみどりかわひかるだ、わ〜い♪』などと浮かれていた作者を打ちのめした自然法則。
名づけて
目つきの悪い男は主人公になると声が無い法則!!
ゲストキャラだと思って油断していた。作者が引っ張りすぎたせいで、すっかりこの世界に定着してしまっている。
このままでは、主人公のパラドックスが起こってしまう。
別にどこぞの銀河系が爆発するわけではない。俺にとってはその方がありがたいぐらいだ。
このゲームに主人公が二人いるなど、ありえない。ゆえにどちらかが脇役となるか、死ぬしかないのだ!
もしくは、みんなの記憶から消え、永遠の世界へ旅立たされることになる。
・・・この男、早々に滅殺する必要がある。しかしどうする。なんとなく喧嘩は強そうだ。ガタイもいいし、逆立ちのまま、腕立て伏せぐらいは朝飯前だろう。
舞に暗殺を依頼するか?いや、それがきっかけでロマンスが生まれてもまずい。主人公は危機であるほど女の子と親密度を増す生き物なのだ。
しかしいくらなんでも、武器を装備して戦えば・・・、ダメだ、今の俺のHITの値では返り討ち。いい経験値稼ぎの的だ。では、どうすれば・・・。
「とりあえず、これをどうぞ」
と、俺が黒いことを考えている間に、秋子さんが帰ってきた。
手には皿の上に文字通り山盛りのジャムパン・・・。激!!いやな予感。
「・・・」
「・・・」
名雪もそれを感じ取ったのか。俺と目があう、一瞬のアイコンタクト。
目つきの悪い男を止めるべきだ。さっきまで殺すことを考えていたが、ジャム死はいくらなんでも悲惨すぎる。
「あらあら、そんなに急がなくても良いんですよ」
・・・無駄だった。目つきの悪い男は机にパンが置かれた時点で食事を開始していたからだ。
その食欲たるや、フードファイトでもチャンプになれる勢いだ。やつの胃袋は宇宙だ。
あっという間に、パンはなくなっていた。
しかし、食べ終わっても男の様子に変化はない。
「うまかった」
そしてまだもの欲しそうな男の顔。
「もしかして、謎ジャムじゃなかったのか?」
「・・・かも知れない」
「何の話ですか?」
秋子さんの不思議そうな顔。笑顔には変わりないけど。
「あの、秋子さん。あのパンの中身って、例の謎、じゃなくてオレンジ色のジャムじゃないんですか?」
「はい、オレンジ色ですよ」
俺の顔は、恐る恐る男のほうに向いた。名雪も同じ動作で男を見る。
・・・伝説の誕生だ。あの謎ジャムを食って平気とは。
人類の新たなる一歩だ。ビバ、悪食。
「あの、往人さん。体何とも無い?」
名雪が、恐る恐るといった様子で聞く。目の前の奇跡が信じられないのだろう。
奇跡って、簡単に起こらないから奇跡って言う。
香里、お前は正しい。でも、これは奇跡って呼んでもいいよな。
「ああ、変な味だったが食えないことは無い」
変な味で済ませてしまうのか、あれを。味覚の核兵器である謎ジャムを・・・。セミの入った目玉焼きとは格が違うんだぞ。
「・・・」
しかし、感涙さえしている俺たちの前で、目つきの悪い男は不意に震えだした。
その口の端に滴る赤い液体・・・。
「ぐはぁ!!」
目つきの悪い男は、机に突っ伏した。そして、広がる血だまり。
秋子さんはこの状況でも笑っている。まさか、確信犯ですか!?
もしかして俺のため?うれしいけど、ありがた迷惑です!!!
普通の人間は、1謎ジャム/gで生命の危機に瀕する。それを山盛り食べたのだ。致死量を超えて当然だ。
それを男は空腹からの欲求で押さえ込んでいたに違いない。
しかし、謎ジャムの力は、やつの内臓を打ち砕いた・・・。
さようなら、目つきの悪い男。今ならお前のことを呼べるかもしれない。すみとと・・・。
「ぐ、そんなしめで・・・」
翌日、目つきの悪い男は去っていった。血が転々と落ちていたが、たどろうと思うものはいない。
そして俺は学んだ。
ジャム落ちって、ものすごく便利だ。
終わり