ドラポン 第三章 その6


 アグノを探し始めた我だったが、特に当てがある訳ではない。とりあえず森をさまよってみることにした。
「ごほっ、ごほっ」
 咳が出るが、特に体が辛いということはない。ただ、喉が熱を持ち、じんじんと痛みを発している。
 時間が経つと共に悪化しているようだ。家にいたときよりも痛い。
 水でも飲みに行くかと我が思案しているときだった。
「ポン太郎……ポン太郎や」
 突然、声が響く。はてと思い、我は周囲を見回した。
 誰もいない……やはり我は風邪をひいているのだろうか。それも幻聴が聞こえるほど重度の。
 我がきょろきょろとするのをやめ、再びあてどなく歩き出そうとしたときだった。
「これポン太郎。私を無視するのはやめなさい」
 やはり我の名を呼ぶ声がして、草むらががさりと動いた。
 中に誰かいるのかと我が鼻先を近づけると、なんと草自体がにょきにょきと伸び始めたではないか。
「うおぉ!」
 我が尻餅をついている間にも、伸びた草の下から人の顔のような物が現れ、さらには指をそなえた腕が現れる。
 その土の下から現れた腕で自身の上半身を引っこ抜くと、草むらに見えた……というか草むらでもある髪をかき上げ、彼女は我を見下ろした。
「ウネの姐御ではないですか! これはまた心臓に悪い登場を」
「貴方こそ死にかけのコオロギのような声ですよ、ポン太郎や」
 登場の仕方とコオロギが比べられる物かは分からない。が、それは置いておこう。
 まるで沐浴をしているかのように下半身を土の中に埋めている、緑肌の彼女。
 穏やかな微笑を浮かべた彼女こそ、植物型の魔物、アルラウネである。
 魔王が作り出した森。そこから霧のようにいつの間にか湧いて出たのが魔物であるが、アルラウネ等の植物型魔物の成り立ちは少し違う。
 魔王は誕生、もしくは戴冠した時、森を作る、もしくは維持する為に世界全土へと魔力を放射する。
 だがその際、ちょっとしたいきみや気の緩みで魔力が集中してしまう場所があるそうなのだ。
 パンにジャムを塗りすぎた時は伸ばしなおせば良いのだが、世界の構築はそうも行かない。
 そういった場所に、知能を持った植物族、つまりアルラウネなどが生まれるらしい。
 よって、アルラウネ等植物族は、魔王にとって「意図しない」魔物である。そのせいか魔王への忠誠心も低いという。
 自らが作った森を視察した魔王が「何あの生き物キモい」と発言し、植物族に反旗を翻されたという「森の反乱」は人間以外には有名な話である。
「こんな所で何をしていたのですか?」
「最近お肌の調子が悪くて……。土から直接栄養をもらっていたのです」
 我が尋ねると、ウネの姐御は青々しい自らの肌を撫でながらそう言った。
 植物族は上記の理由で魔王との繋がりが薄いためか、魔王が死んでも地上に残ることがある。
 ウネの姐御は、先代魔王の時代から生きている、森のご意見番であった。
「そんな事をせずとも、瑞々しい肌をしていらっしゃいますよ」
「年の割りに?」
「ええ、年の割に」
「……ポン太郎も少し土の中へ潜ってみましょうか?」
 つられた我がつい口を滑らすと、ウネの姐御は背中の辺りから生えたツタをぴしゃんと叩き付けながら言った。
 穏やかな笑みを浮かべているが、目は笑っていない。
「いえいえいえいえ、遠慮しておきます」
 そのツタの恐ろしさを知っている我は、慌てて首を左右に振った。
 姐御という呼び名も、昔彼女を婆様と呼んだ際、彼女のツタに絞め殺されかけた我なりの折衷案である。
 ちなみにフウ姉さんの前でその呼び方をすると何故か不機嫌になるので、その場合はウネさんとなる。
 残念なことに、ウネの姐御はどちらの呼び方も気に入ってはいないようだ。
「貴方がお探しなのは、銀の妹ですか? それとも金の妹ですか?」
「どちらかと言えば金の妹です。どこにいるかご存知なのですか?」
 彼女は自らを森の精霊と自称しており、我にはよく理解できない言動を取る事が多い。
 我が探しているのは黄金竜の妹なのでそう答え、彼女に問いかけ返した。
「ええ。正直者のポン太郎には妹の居場所を……」
「ありがとうございます! さすが年の功……」
 その瞬間。ピシュッ、という音と共に、我の首はツタに絡めとられていた。
 更には我の目の前にもう一本ツタが伸び、その先端からは粘液に塗れた得体の知れない実がぽとぽとと落ちている。
「……礼儀知らずのたぬきには、私の苗床になる権利を差し上げましょう」
「け、結構です! 失礼しましたお嬢さん!」
 自らの死骸にキノコが生えた姿を夢想した我が全力で謝ると、彼女は少々残念そうな顔で我を解放した。
 ……割と本気だったぞこのお方。
 危なかった。フィア殿との邂逅で培った経験が無ければ、我は良い感じの肥料になっていたところであったろう。
「げっほげほ!」
 そんなに強く締められたわけではないが、緊張でその部分におかしな力がかかったせいか、少し咳が出る。
 風邪の感染を恐れたのかウネの姐御はぎょっと身を引いた後、「なるほど」と呟いた。
 何がですか? と我が目線で尋ねると、彼女はツタの一部でにゅっとある方向を指し示した。
「貴方の妹なら、リザードマンの住処へと向かいましたよ」
 我の疑問に対する返答ではない。だがその言葉に、ようやく咳が止まった我は首を捻る。
「リザードマンですか? どうしてまた」
 アグノはドラゴンと混同されがちなトカゲ人間ことリザードマンを嫌っている。
 そんなアイツがどうして彼らの住処に行くのか。そしてウネの姐御の薦めとはどういうことか。
「彼女が迷っていらっしゃるご様子でしたので、私が少々助言を」
「助言?」
「ささいなことです。行けば分かるでしょう」
 首を捻ったまま再び尋ねるが、彼女はそう言ってはぐらかした。
 ううむ、なんだか嫌な予感がするが仕方ない。
「分かりました。とにかく教えてくれてありがとうございます!」
 とにかく我はリザードマンの住処へと行ってみることにした。
 礼を言って、走り出す。
「苗床になりたくなったら、何時でもおいでなさい」
 背中で何か言われた気もするが、聞きたくないし聞こえもしなかった。


 二足歩行のトカゲことリザードマン。
 彼らの集落は、我の家から一時間ほどの距離。小高い山をくり抜いた岩の洞穴の中にある。
 我がその手前までたどり着くと、何やら喧騒が聞こえてきた。
 喉の痛みに加え、嫌な予感も抱えた我は慎重にそこへと足を進める。
「ここは一斉に突入すべきでは……」
「ならばお前が先頭に立つのだな?」
「いやいやここは年長のお前が」
「はぁ!? 殻を破ったのはお前が先だろう!?」
「目を開けたのはお前が先ですぅー」
「そんなこと言ったら先に産み落とされたのはお前だろう!」
「お前ら卵の時分から観察力が凄まじいな」
 すると、十数名のリザードマンが入り口を囲んでざわざわと意見を交し合っている。
 一部は取っ組み合いの喧嘩までしていた。
 その中に知った顔を発見し、彼へと駆け寄ると我は声をかけた。
「おう、どうしたのだカゲ三郎」
 その声に振り向いたのは、自称リザードマン界最高の伊達男、リザードマンのカゲ三郎である。
 奴はきょろきょろと周りを見回した後、視線を下げ「誰かと思えばポン太郎か」などと呟いた。
 どうやら我があまりにも渋い声になってしまったため、判別できなかったらしい。
「お前は相変わらずのっけから失礼な行動と発言をするやつだな。何かあったのか?」
 なんとなく察しがつきながらも我が問いかけると、奴はひらひらと手を振って我を追い払おうとした。
「あー、今お前に構ってる暇はないんだ。アグノちゃんが来てて……」
「やはりアグノはここか」
「……そういえばお前は彼女の兄だったな。あまりにふさふさなので忘れていた」
「誰がお前にアグノを紹介してやったと思っているのだ」
 とぼけた事を言うカゲ三郎に、我は呆れながら言ってやった。
 何を隠そうこの男が件のハゲ広場を作った原因。昔アグノに愛の告白して燃やされかけた哀れなリザードマンである。
 我が指摘すると、それを思い出したのか。つるつるのうろこを持ったトカゲ男は、気まずそうに頭をかいた。
「で、アグノがどうしたと?」
 改めて尋ねると、カゲ三郎は入り口の方を見やって難しい顔で話し出した。
「あぁ、いきなり洞窟の中に入ってきたと思ったら、俺らを追い出して中でなんか探してるみたいなんだよ。手伝おうかって言っても燃やすわよの一点張りで」
 カゲ三郎の言葉に、我はううむと唸った。
 ウネ姐さんがアグノに何やら入れ知恵をしたというのは聞いた。
 あの方は長生きなだけあって、色々な知識を持っている。
 アグノの行動もそれに従った結果だと思うのだが、それがどんな意図であるか、我には計り知れない。
「……でも、ああいうツンツンした所がいいよなぁ」
「まだ諦めていなかったのか、おのれは」
 変温動物のくせに頬を染めるカゲ三郎を、我は呆れた気分で見た。
 丸焼けにされかけても懲りないとは、ある意味大したやつである。まぁ二度と妹に紹介してやる気は無いが。
「とりあえず我が行ってみる。ちょっと待っていろ」
 いくらなんでも兄をいきなり丸焦げにするような真似はすまい。
 自らにそう言い聞かせて、我はカゲ三郎から離れ、リザードマンたちの足元をくぐっていく。。
「うまく焼けてたらアグノちゃんの手料理として手厚く食ってやるから」
「奴の料理はどうあっても炭にしかならん」
 友達とは思えないカゲ三郎にそう答え、我は洞窟の中へ入って行った。


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