ドラポン 『第三章 ライクアローリングたぬき』 その3


 数分ほど歩き、やがて我らは件の自警団へとたどり着いた。
 忙しそうな職員の中から武器屋、ガッツ&ガンツの親方の息子、テドンさんを見つけて声をかけると、ちょうど迷子の娘を探す母親が駆け込んできたところだという。
 彼に案内され奥に進むと、確かにそこには妙齢の女性がおり、ネナーを見るなり駆け寄って抱きしめた。
 どうやら彼女が母親であるらしい。
 我とフィア殿はほっと安堵の息を吐き、顔を見合わせたのであった。


「ありがとうございました!」
「ドラくんポンくんばいばーい!」
 母親が我に頭を下げ、ネナーが一生懸命手を振る。
 それにドラくんとポンくんで応えさせ、我らは自警団を後にした。
 恐らくネナーの脳には、我の顔など微塵も残っていないだろう。若干寂しい気持ちになりながら、我はドラくんポンくんをフィア殿に向ける。
「待たせちゃってごめんね!」
「改めて宿の方へ案内するよ!」
 そうやって喋らせると、フィア殿はくすりと笑ってから、お願いしますと人形相手に丁寧に頭を下げた。
 まさか今の我が、人形の物と併せて口を三つ持っている不気味な生物だとは、夢にも思っていまい。
 しばらくお辞儀をしていた彼女だったが、もしや稲穂のように、胸部の重さで体を起こせないのではと我が心配し始めたところで体を起こした。
「あ、そういえば」
 そして、彼女はそう口にだす。
「どうしました?」
 その乳房が大きな上下運動をした事を冷静な目で確認しつつ尋ねると、彼女は二対の人形を覗き込んでから、我に問い返した。
「この人形の、えーと、ドラくんのほうは、ドラゴンですよね?」
「え、えぇ。少々不細工になっていますが、一応そのつもりです」
 久しぶりに変化したせいで多少おかしな面相になっているそれを動かしながら答えると、彼女は何やらむつかしい顔をする。
「そう、ですか」
 ……もしや、彼女はドラゴンに対してあまり良い感情を持っていないのだろうか。
 まぁ、珍しいことではあるまい。人間の中には心無いドラゴンによって、自らの故郷を焼かれた者も少なからずいる。
 そんなドラゴンばかりではないのだが、そうでないドラゴンは大抵ドラゴンの里や自らの巣に引き篭もっているので、人間とはほとんど接点を持たないのだ。
 半分はドラゴンの血を継ぎ、父上や姉達を敬愛する我としては悲しい事だが、自らの出自を暴露するわけにもいかない。
 我が勝手にしょげていると、その間に彼女の視線はもう片方の人形へと注がれていた。
「で、えーと、こちらは……たぬきさんですよね?」
 あまりにぶちゃいくなので認識されなかったのかと思ったが、彼女はポンくんをたぬきだと分かってくれていたらしい。
「え、えぇ、ご存知ですか」
「はい。実際に見たことはありませんが、絵本などで」
 たぬきという存在が世の中にどれだけ浸透しているか、我はよく知らない。
 ずっと東から来ただの、彼女の言うように絵本の題材になっているなど、生息範囲と知名度はそこそこだと思う。
 だが、町の住人に聞いてみたところ、人によってはたぬきは人語を解さないだの、変化するなどというのは迷信だの。失礼千万な認識がまかり通っているのだ。
「すごく可愛いですよね。コロコロとしていて」
「そ、そうですか」
 可愛いという評価はなんだが、褒められて悪い気はしない。
「はい! 私の国ではペットにする方も多いんですよ。 私もぜひ飼いたいです」
 が、続く言葉で我はその思いを撤回せざるをえなくなった。
「ペット……ですか」
 ペットというのはあれだ。いわゆる人間の所持物になって、餌の代わりに愛嬌を振りまく職業の事である。
 ガッツ&ガンツのはす向かいに住む、犬のマルタン爺さんがそれに当たる。
 あの爺さんときたら我に対しては尻尾ひとつ振らないくせに、餌をくれる人間に会うと背中が真っ黒になるまで転げまわり、腹を見せ付けるのだ。
 我はあのように、餌の為だけにごろごろと転げまわる生活はしたくない。
「私がたぬきさんを飼ったら、毎日一緒にお風呂に入って寝るんです」
「なんと!?」
 だがしかし、更に続く言葉で我はもう一度宗旨変えをしかける羽目になった。
 そうか! ペットというものにはそんな特典もあるのか!
 いやいや待て待て。そんな卑しい根性でどうする。
 我とて半分はドラゴンなのだ。我にドラゴンの矜持などは無いが、それでも譲れない一線はある、はず。
「どうしました?」
「い、いえ、なんでもありません」
 変化をといて「飼って下さい!」と名乗りを上げかけた我だったが、ぐっと堪えて愛想笑いを浮かべた。
 まったく、ドラゴンとしてもうちょっと立派になると決意したばかりだというのに……。


 それから十分ほど歩き、我が踊るきつね亭に入ると、そこに見知った顔が座っていた。
 我が女連れで来たことに驚いているミヤゼはぼっと突っ立っているのでこやつではない。
「何をやっておるのじゃ!」
 振り向いた彼女は、我を睨みつけると牙を見せる。
 なんと普段は森に引きこもっているアグノが、何の気まぐれか里へ降りてきてこんな所で食事までしていた。
「お前こそこんな所で何をやっているのだ」
 ミヤゼがこんな所で悪かったわね。なとど言っているが聞こえない。
 疑問符を浮かべるフィア殿に妹ですと告げて、我はアグノへと歩み寄った。
「ゆ、夕飯になっても帰ってこぬから、その……」
「心配して?」
「しんぱ……違うわ! 腹が減ってここに来たのじゃ!」
「先に食っていれば良かったのに」
 我がそう言ってやると、アグノはぐぬぬと唸って口を閉じる。何だかんだいって愛い奴である。
「せっかく来てくれたんだからいじめないの。はい、あとこれ」
 我がニヤニヤとしていると、その肩をミヤゼがポンと叩いた。
 振り向くと、彼女は肩を叩いたのと反対の手で、我に紙片を差し出す。
「……なんだこれは」
「彼女の飲食代よ。待たせたアンタが悪いんだからちゃんと払ってね」
 それは伝票であった。内容を見ると、なんと前回買ったキンカマクラに並ぶほどの金額が請求されている。
「今の我にはそんな金はない!」
「何言ってんの。今日給料日のくせに」
「何故我の給料日を把握している!?」
「オーッホッホッホッホ。客の財布も把握できずに看板娘がやれるもんですか」
 高笑いをするミヤゼを見、我は戦慄した。恐るべし看板娘。
「あ、あの。助けていただいたお礼にここは私が払いましょうか」
「いや、良いのです。別れるまでは紳士でいさせてください」
 フィア殿の申し出を断り、我は泣く泣く財布を開いた。
「あ、そういやその子誰? また妹?」
「わ、わらわ以外に何時の間に妹を!」
「アホかお前ら! 特に愚妹! この方が宿を探していたので、案内しただけだ!」
 そんなフィア殿にめざとく目をつけ、アホな事をぬかすアホどもを一喝。
 うちの妹のおつむの具合が、最近とくに心配である。
 ……まぁうちの父上なら、我らが知らぬ間に妹をこしらえていても不思議ではないのだが。
「へぇ、美人には親切じゃない。しかもうちに連れてくるなんて、感心感心」
「……紹介料寄越せ。具体的には今回の会計一割引ぐらいにしてください」
「その子の宿泊料を引いてあげるわ。一見様ってことで」
「ぐぬぅ」
 にやっと笑うミヤゼに、我は呻いた。
 悪魔め。そんな条件を出されては、嫌だとは言えないではないか。
「え、あ、あの、私は別に……」
「ハハハ、良いのです。これぐらいの出費は男の甲斐性ですから」
「よ、かっこいー」
 くそうこの女覚えていろよ。脳内でそう毒づきながら、我はきんちゃく袋の中から大人しく金を払った。
 するとそれを待っていたようで、アグノが立ち上がる。
「さ、用が済んだのならとっとと帰るのじゃ」
「お、お前なぁ。すこしは兄に感謝ぐらい……」
 アグノは我の手を取ると、強引に店の外へと連れ出そうとする。我が金を払ってやったことになど、少しの感謝も無い様子だ。
「あ、あの!」
 どうしてこう可愛くない娘に育ってしまったのか。我が首を捻りながら連れ去られていく最中、フィア殿が声を上げた。
「あの、またお会いできますか!?」
「ええ、今度は一緒に食事でもいたしましょう」
 我が答えると、彼女はまるで今生の別れのようなせつない笑顔で頷いた。
 思わずこのまま同じ宿に泊まって次の日もまた次の日も一緒に暮らしたくなりそうである。
「ほれ、さっさと行くのじゃ!」
 しかしその甘い夢も今は遠く。
 口から火の粉が舞う勢いのアグノに引っ張られ、我はきつね亭を後にした。


 町から出、森の中に入り無言で家路を進む我ら。
 そんな時、ふとアグノと我が同時に口を開く。
「さ、先はその、ありが……」
「お前がフィア殿ぐらい可愛くて豊満だったらなぁ」
 妹が呟こうとしたセリフが、我の苛立ち紛れの愚痴にかき消される。
「……ほう」
「あー、と、今何か言ったか?」
 何か邪魔してはいけない台詞だった気がする。先程のを逃すと、今後百年は聞けなそうな。
 こういう時の我の勘は当たるのだ。何せこの妹の面倒を見て十数年で……。
「……このうつけもの」
 アグノが、暗いオーラを纏いながら我に詰め寄ってきた。
 その後に起こったことは諸君らの想像に任せる。

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