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いもうとティーチャー☆
第三十八限:妹セツメイ
姫地の部屋は家の二階。
階段は急過ぎず緩過ぎず。
それなりには軋むが、この家の状態を心配するほどではない。
手すりをつけるとバリアフリーな感じでなお良いだろう。
んで、何で俺がそんな階段の評価ばかりさせられているかといえば。
「姫地、まだかかるのか?」
「え、あ、う、うん、まだちょっと待って!」
ドアの前で待ちぼうけを食らわされているからだ。
本日二回目である。
手にあるお茶も冷めてしまった。
まぁ、返事があるだけさっきよりは良いか。
しかし、着替えに何分かかるんだ、あいつ。
「なぁ姫地。 着替え、まだかかりそうか?」
「…あ、そういえば、まだ着替えてない」
「はぁ!? じゃぁお前何やってるんだよお前?」
ドア越しの会話。 で、その後ドア越しの沈黙。
「掃除、とか…」
「そんなの俺が帰った後でやってくれ」
「そ、それじゃ遅いよ!」
姫地が通常より大きな声を出す。
その後、軽く咳き込む音が聞こえた。
「お、おい、大丈夫か!?」
「あ、ごめんね、大丈夫だから…」
…病人なのに、急に大声を出したからだろう。
やっぱり、まだ治ってないんだな、風邪。
「そんな時に掃除なんかしてんなよ。 直るもんも直らないぞ」
「でも、後ちょっとだから…」
「…入るぞ」
このままだと一日中掃除していそうだと思った俺は、勝手に入ってしまうことにした。
「え、あ、片野君!?」
姫地が戸惑った声を上げたが、俺がそれを聞いたのは、すでに部屋に入った後だった。
「…充分片付いてるじゃねぇか」
入ってすぐ部屋を見回して、俺は呟く。
「もう、まだだって言ったのに…」
その中は、後から整理したにしても、片付いた部屋だった。
部屋の中はちゃんと整頓されており、物が散乱している俺と妹の部屋とは大違いだ。
ちょこんと置いてある間抜けそうな犬のぬいぐるみが女の子の部屋らしさを強調。
後は、大きめのCDプレーヤーが特徴的なぐらいか。
「あ、あんまり部屋のなか見ないでね」
「別に何もやばいところ無いだろ」
「そうだけど、やっぱり恥かしいよ…」
そういうと姫地は、赤くなって俯いた。
そんなもんなのか。
綺麗さは関係ないのかもしれない。
まぁ、綺麗さで言うなら、俺の部屋こそ恥ずべき代物なのだが。
「そんなことより、立ってないで病人らしくベッドの中にでもはいれよ」
「え、でもまだ着替えてないし…」
「ん、そんな必要あるのか?」
そういえばさっき、胸元が…、うわ、まだ開いてる。
俺は思わず横を向く。
姫地は、掃除に気を取られて気付いていないようだ。
「その、さっきまで寝てたから、汗臭くない?」
「は、いや、別に匂ってきたりはしないぞ?」
他に気にすることあるだろ!
そうツッコミを入れたいが、緊張して自分もかなりの危ないことを言っていると、俺は後から気付いた。
「匂ってって、そんな、片野君…」
ほら、やっぱり姫地にもつっこまれたじゃないか!
うわっ、顔が熱くなってきた。
「シャワー、浴びてきた方が良いかな?」
「俺に聞くな。 つーか…」
これじゃ、まるでこの間のまんまじゃないか。
言おうとしてから、俺はその事に気付いた。
いや、言葉になるってことは、意識はしていたはずだ。
待ちぼうけに、ベッドに、シャワー…。
「ん、どうかした?」
これじゃ、あの日、雪村妹の家に行った時と変わらない。
あの時と同じ失敗を、俺はしようとしている。
こうしている間にも、未久美は一人で家にいるのかもしれない。
また、泣いてるかもしれない。
そう思うと、俺は落ち着かなくなってきた。
「それじゃ、これプリントとお茶。 まぁ、お茶のほうは冷めてるけどな」
言いながら、押し付けるようにお茶とプリントを続けて渡す。
「え、あ、うん…」
戸惑ったような表情をしながら、姫地がそれを受け取る。
俺が急に忙しなくなったからだろう。
その理由を、姫地は知ることができないのだ。
俺に妹がいることも。
あいつを放って雪村妹の所に行った自分が、今の自分とダブって見えたことも。
「それじゃ、俺、行くわ」
早口にそう告げる俺。
胸に姫地への気遣いは無く、珍しく未久美のことだけを考えている自分がいた。
「えっ、もう帰っちゃうの、片野君」
驚いたような姫地の声。
その表情が、段々と沈んでいく。
「私何か、気に触ることしたかな?」
俯いてそう呟く、不安そうな声音。
「違ぇよ、何言ってんだ!」
「え、だって、片野君が急に帰るって言い出したから、私何か不機嫌にさせたのかと思って…」
おどおどとした姫地が、俺を見ながら言う。
すがりつくような瞳。
そうだよな、一応は茶まで飲んで見舞いに来てくれたと思った奴が、急に帰るとか言い出せば不安になるよな。
それに、姫地は今病人なんだ。
普段より弱気になっていてもしょうがない。
何だって俺はこう、他人の感情に疎いんだ。
未久美の時だって、雪村妹の時だって、こうやって傷つけてきたって言うのに。
「すまん。 ちょっと用事があって焦ってたんだ。 姫地の所為なんかじゃ絶対無いから」
そういって、姫地の頭に手を…置こうとしてやめた。
何をしようとしてるんだ、俺は。
相手は同級生だぞ。
大体何で、こういう時にすることがいつも一緒なんだよ。
手を中空に彷徨わせたまま、軽い自己嫌悪に陥る。
「あ、うん…。 私こそごめんね。 片野君はプリントを届けに来ただけなのに、引き止めちゃったりして…」
姫地が目に見えてしゅんとなる。
確かに可愛そうだけど、このままここに居座ったって雪村妹のときと一緒だぞ。
分かってるだろ、間違えるなよ。
「…ハァ」
俺はため息をついた。
勉強用と思われる姫地の机とセットになった椅子を手にとる。
「これ、使っていいか?」
「あ、うん、どうぞ!」
すると姫地は、現金なぐらい華やいだ声を出した。
そんなに喜ばれるとは、そこまで寂しかったのか。
「親が帰ってくるまでぐらいは、話し相手なるさ。 姫地もベッドは入れよ」
椅子をベッドの方へ向けて座る。
ちくしょう、だって、こんな顔されてるんだぞ。
…分かってたって、放って置けるはず無いだろ。
「でも、用事はいいの?」
言いながら、布団を被る姫地。
「どうせ帰ったって、できることも無いしな…」
「あの、用事ってなんだったの?」
聞かれて、俺は言葉に詰まる。
話すわけにはいかない。
だって、俺と未久美の関係がばれてしまうから。
思って、しかしそれでも疑問がわく。
それの何処がいけないんだ。
俺がそんな風に必死で隠そうとしている姿が、そもそも雪村妹に指摘された、天才を認めていないって行為なんじゃないのか。
「…あの、今日はどうして片野君が来てくれたの?」
不意に、姫地が呟く。
俺の用事を話せないことだと悟ってくれたのだろう。
だが、そんな気遣いに、俺はまた罪悪感を感じる。
「あぁ、なんか雪村は用事があるっつーからな」
だからってこの罪悪感に任せて、姫地に何もかもを話してしまうってのも、何か違う気がする。
あぁ、もう、こんな状況で頭の整理なんてできるか!
「それじゃ、片野君はきりんに頼まれたから来たの?」
「ん、ああ、そうだな…」
「そっか…、そうに決まってるよね」
どうするかなぁ。
むぅ…。
「…あ、あの、片野君」
「何だ?」
「本当に用事があるんだったら良いよ。 私、気にしないから」
「あ、いや、悪かった…」
上の空だったことに気付かれてしまったらしい。
はぁ、こんな気持ちでほかのこと話しててもしょうがないよな…。
良し、決めた。
「…その、実は妹と喧嘩しちまってな」
とにかく妹が誰かってことは伏せて、説明してしまおう。
バレた時はその時ってことで…。
「片野君って、妹さんがいたんだ」
「あぁ…」
「それって、未久美先生…」
「!!」
「…みたいな感じかな?」
…一瞬でばれたかと思った。
心臓がドクドクいってる。
こんなに動揺しやがって、さっきバレた時はその時なんて考えた奴は誰なんだか…。
「あ、あぁ、あんな感じだと思ってくれ」
「やっぱり」
「何だよ、やっぱりって」
「あ、ごめんね。 でも、片野君っていつも未久美先生の面倒を見てあげてたし…」
生徒が先生の面倒を見るっていう言葉はどうかと思うが…。
それはともかくとして、姫地の言葉に、俺は今までの自分の行動を振り返る。
「…そうかぁ?」
アレは、未久美にすがられて仕方なくとか、見てる俺が恥かしいから世話を焼いてただけなんだが。
だが、俺の疑問顔にも姫地は屈さず、姫地は何が嬉しいのか満面の笑みで語る。
「そうだよ、片野君っていっつも文句言ってたけど、未久美先生のこと庇ってたし」
「秀人とか、雪村からな…」
めちゃめちゃ身近な害だ。
普通だれでも止めようとすると思うのだが。
「なんだか、羨ましいな」
「何で?」
「きっと、妹さんはいっぱい可愛がってもらってるんだなって思うもん」
「…俺は、そんな良い兄貴じゃねぇ」
「えっと、そういえば、喧嘩したって言ってたよね。 どうしてか聞いて良い?」
…しばらく考える。
まぁ、どうせここまで言っちまったんだし、さっきの会話の流れだ。
未久美が妹だとバレることもないだろ。
とりあえず、ばれないならばれない方が良いしな…。
「まぁ、なんと言うか、ここしばらく妹の友達が遊びに来ててな」
どう説明したものかと考えながら、俺は言葉をつむぐ。
「そっちのほうにかまってばっかりいたら、あいつが怒り出して…」
「それってかまってくれないから?」
「む…、まぁ、そう見えたんだが、もうちょっと込み入った事情があったらしくて…」
未久美の怒りかたは、少しおかしかった。
いつもの、ただの焼きもちとは違う。
雪村は、あれを自分が妹の位置を取ってしまったからだといっていた。
そして、未久美にはそこしか居場所がなく、そうなったのは、俺があいつを天才として認めないからだとも。
「正直、俺にはそれがどういうことだか把握できてない」
居場所を取られた未久美の気持ちなんてわからない。
何であいつが、俺にそんなにも依存するのかも分からない。
そんな状態であいつを説得しようなんて、無理だったのか…。
「それで、片野君はどうしたのかな?」
沈んでいく俺の思考を、姫地の声が止める。
俺ははっとして、説明を続けた。
「…ゆき…妹の友達が悲しそうに出て行ったから、妹に馬鹿って言い捨てて追いかけた」
「うわぁ…」
うわぁって…。
俺の言葉を聞いた途端、姫地がなんとも言えないリアクションをする。
「何だよ…」
「あ、その、今私妹さんのほうに感情移入してたから…」
「むぅ」
…確かに、未久美視点から見ればとんでもない行動してるな、俺。
「何か、妹さんが不憫だなぁって…」
「ぐっ」
姫地のストレートな言葉が胸をえぐる。
いや、事実だからこそなんだが、それは本人が聞いても落ち込むセリフだぞ。
「それで、その友達さんとは会えたの?」
「あぁ、結構走ったけど、何とか追いついた」
実際は迷っているところを偶然に見つけただけなのだが、あまりに格好が悪いし省略の意味も込めて脚色。
「それで?」
「すごく落ち込んでたから、その、一応…慰めた」
効果があったかどうかは怪しいが。
「なんて言ったの?」
「言ったっていうか…」
「じゃ、じゃぁ何かしたの!?」
急に声を荒げる姫地。
それに驚きながらも、俺は質問に答える。
「うん、まぁそうだな」
胸貸したり、撫でたり…。
「あ、あの片野君? 相手の子って、いくつ?」
「12。 妹と同じだ」
「そ、それって、犯罪なんじゃ…」
「ば、馬鹿! 何想像してんだよ! 俺は法に触れるようなことはしてねぇ!」
姫地の呟きを、俺は全力で否定した。
ぐ、言い方が悪かったか。
「そうなの?」
「もしかしてお前、俺を秀人とか雪村とかと同じに考えてないか?」
「その、ごめんなさい…」
それって、認めてるのとおんなじ返事だぞ。
「まぁ、一応言うには言ったけどな…」
何故だかやたら寂しくなった俺は話を本筋に戻す。
「なんて?」
姫地もそれに乗ってきた。
む、なんか話がそらせてあちらも嬉しそうだぞ。
「妹の事は、俺が何とかしてやるって…」
「すごいね…」
「まぁ、確かに傲慢なセリフだけどな」
「ううん、そうじゃなくて…、言われた子はなんて言ってた?」
「ん? いや…その時は別に何も言われて無いぞ、確か」
どうしてそんなことを聞くのか訝しがりながら、俺は姫地に答える。
「そうなんだ。 私だったら…」
姫地が何かつぶやいているが、その間に俺は自分の記憶を探っていた。
あれには関係ないが、確かにその後言われたことはあったな。
「…家に上がれとは言われたな」
「えぇ!?」
「雨も降ってたし、家から離れてたからなんだが、そんなに驚くことか?」
「そっか、雨宿り…、そうだよね」
さっきから姫地は、やたらと大振りなリアクションを取っている。
風邪の所為でテンションが上がっちまってるのか?
「あ、でも妹さんは?」
「ぐ…、なんか、あのまま放っておけなかったんだよ」
「でも…う、うん、そうだよね」
姫地が何か言おうとして、言葉を飲み込んだ。
だが、姫地が何を言おうとしていたか。
そんなことは俺にも分かっている。
つまり、その友人とやらは放っておけないとしても、妹は放っておいて良かったのかということだ。
「それで、その後はどうしたの?」
一瞬流れた気まずい沈黙を取り繕うように、姫地が明るく聞いてきた。
俺もとにかく事情を説明し終えようとする。
「あぁと、こっそり部屋に上がって…」
「…こっそりなんだ」
「家庭の事情ってやつだ」
姉に途中でばれたんだけどな。
「シャワーを借りて…」
「しゃっ、シャワー!?」
「濡れてたからな」
「う、うん…」
「そういえばあそこの風呂の中で…」
「何かあったの!?」
雪村姉が着替えを持ってきたんだよな。
…俺は雪村妹と間違えたわけだが。
「まぁ、それは置いといて」
「お、置いちゃうの!?」
「あぁ、あんまり関係ねぇし」
「すごく気になるんだけど…」
「後は交代であっちがシャワー浴びて…」
「片野君は?」
「上がってくるのをベッドの上で待ってた」
「べ、ベッド!?」
「…他に座る場所が無かったんだよ」
「そ、そうなんだ…」
状況的には今の俺たちの状態とさほど変わりは無いと言いたいのだが。
「…」
なんか誤解されそうなのでやめておこう。
「…その後は?」
「ええと、ベッドの上で話したり…」
思いだしながら話す俺を、姫地が見つめる。
「ん? どうした、姫地」
「その、片野君」
「おう」
「…本当に何もしてないよね」
「…してないって言っただろ」
「あ、あはは、そうだったよね」
「なんか、お前の関心偏ってないか?」
決してそういうことを話してたんじゃないんだぞ、俺は。
布団で口元で隠しながら何かごにょごにょとつぶやく姫地を見て、俺は話したことを後悔し始めた。