俺が取り出した中身を見て、二人は一瞬、かたまった。

「・・・居候、病院行ってこい

 

 

 

空を飛ぼう後編

 

 

 

またしても、晴子の心無い言葉からモノローグがぶち壊された。

モノローグクラッシャーめ。

あまりの短さに、多分今のをモノローグだと思った奴さえいないぞ。

「俺はいたって健康だぞ」

「頭のほうを言うとるんや」

「頭だって頑丈さ」

「古典的なボケかますな。 頭おかしい言うてんねん」

う、ボケにはうるさい飲んだくれ。

ツッコミも厳しいぞ飲んだくれ。

「あほやってへんで、それは何やねん」

俺は手に持ったものを高々と掲げて見せた。

それは、一対の黒い羽だ。

と、言っても布と板でできたモノだが。

遠野に頼んで作ってもらったのはこれだった。

「羽だ」

「それがあれば飛べる?」

「飛べるとも」

「飛べへんわ!!」

ツッコミがいるっていいなぁ(シミジミ)。

「アホやアホやって思ってたけど、ここまでアホやとは・・・」

「アホアホ言うな。 とにかくやってみなきゃわからんだろう」

「分かるやろ、普通・・・」

「とにかくこれをつけるんだ!」

「うん、やってみる」

そう言って、観鈴はいそいそと道具を付け出した。

「これも?」

観鈴が首をかしげたのは、手に持った黄色い三角形。

両端にゴムがついている。

「・・・くちばしだ。 つけとけ」

遠野に頼んだのは羽だけだったんだが。

サービスか?

「似合うぞ」

「にはは、うん!」

「何、嬉がっとんねん」

羽とくちばしをつけた観鈴は今から学芸会をやるようだった。

しかもこのくちばし、喋るたびに開閉する.

・・遠野め、ニクイ演出を。

「さぁ、飛んでみろ!」

「うん!」

ばさばさばさ。

観鈴が羽ばたきを開始した.

「ダッシュだ!」

「いっきま〜す」

俊足とはとてもいえない速度で、観鈴が走り出す。

が、飛べない。

「往人さ〜ん飛べない〜!」

「何を言う! 昔ギリシャのイカロスは〜蝋で固めた鳥の羽〜♪ で飛べたんだぞ! 根性だ!」

「分かった〜」

そう言うと、観鈴はまたパタパタと走り出す。

「無茶言うなや」

「根性だ〜! ド根性だ〜!」

俺も大声を張り上げ応援していると、遠くからプロペラの回る音、ローター音が聞こえた。

そして、それは徐々に近くなってくる。

風圧を感じて、俺は上を仰ぎ見た。

小型のヘリが俺の頭上で5メートルぐらいでホバリングしている。

そのヘリから拡声器の声が響いた。

『え〜、地上の諸君、聞こえるかな!?』

天上人!? いや、人間高いところに行くと、気が強くなるもんだよな。

「その声は、ケーキの人か!?」

『その呼び方は不本意だが、今は正体を明かすわけにはいかないな!』

「やっぱりケーキの人じゃないか・・・」

「なんや、声に聞き覚えがあるんやけど」

晴子が首をひねっている。 更年期障害だな。

『今日はそこの良い子にビックプレゼントだ!!』

「俺か?」

「ウチか? 一万以下のものはいらんで」

『そこのオバンは黙ってなさい!!』

「居候はええんかい!!」

『年をわきまえろ』

ケーキの人。 やっぱり関西人に恨みがあるんだな。

「くぅ〜、あいつ絶対知り合いやぁ!!」

「ちょいとそこ行く可愛い娘にプレゼントだ!! このヘリで世界一周をご招待!」

「まさか、観鈴のことを言ってるのか?」

『そうだとも、そこの美少女だ!』

大胆な形容詞だな・・・。 もしやロリコン?

「観鈴、あのヘリが飛ばせてくれるって言ってるぞ」

「え?」

今まで羽ばたきに夢中で気付かなかったらしい。

首をかしげて、状況を把握した後、観鈴は言いましたともさ。

「自分の翼で風を切る。 それは本当に自分で飛ばないとできない・・・」

「だそうだ」

うむ、棒読みのような見事な言葉だったな。

『じゃぁ、ヘリで世界一周はナシかい!?』

「アリナシで言えば、ナシの方向だな」

「ふ、無駄骨やな」

なぜか勝ち誇った表情の晴子・・・。

『うわ〜んジョージ! あの夕日に向かって飛べ〜!』

涙声とともに、去っていくヘリ。 ジョージって言うのは、多分パイロットのことだろう。

「はっ、情けない男やな!」

「晴子、ケーキの人のこと思い出したのか?」

「いんや、遺伝子的にいじめたくなるタイプなだけや」

「お前にはいじめっ子遺伝子が組み込まれてると思うぞ」

「じゃぁ、あいつにはいじめられっ子遺伝子が組み込まれてんのやろ。 きっと子供の頃からいじめられてたでぇ」

・・・お前のようなやつがいじめてたんだろうな。

観鈴は、まだ翼をばたつかせ走り回っている。

「一旦休憩だ!」

俺は観鈴に声をかけた。

「うん」

観鈴がこっちに走ってきた。

う〜ん、運動音痴のくせに、いつもばたばた走り回ってるだけのことはあるな。

結構元気だ。

「・・・なんで飛べないんだろ」

「かくなる上は、霧島診療所のブラックジャック先生に,そらの羽を移植してもらうか?」

やつならできそうだ。

「・・・ちゅーか、飛ぶんてめっちゃ筋肉いるんやで」

見かねたという調子で、晴子が横から口を出す。

「特にここ、ムネ筋や」

胸(キョウ)筋と言え。 つまりは、胸が足りないと・・・。

「胸かねぇ」

俺は、観鈴の体をスキャンする。

精神年齢に比べれば、軒並み発育しているが、ナイスバディーと聞かれるとちょっと首を捻らざるをえないな。

「往人さん、恥ずかしい・・・」

ぬ、じゃぁ不二子ちゃ〜んは空を飛べるのか・・・。 いや、あれは柔らかそうだったし、脂肪だな。

じゃぁ、こいつのは・・・、確かめてみるか。

観鈴の胸に手を伸ばす・・・。

「何さらしとんねん!!」

スパアアアァン!!

後ろから頭を何かで叩かれた。 この感触は・・ハリセン?

が、振り向くと晴子は何も持っていなかった。

「今、なにで叩いた」

晴子さんブレードや」

ハリセンだろ。

「どこから出してどこに行った?」

「それは企業秘密やで」

ぬぅ、晴子に謎が増えてしまった。

「ち、惜しかった・・・」

「え、往人さん、お母さんどうしたの?」

当事者の観鈴は気付いていなかったようだ。

「よし、こうなったら作戦Uだ。 観鈴、もう一回走れ」

「作戦U?」

「またかい・・・」

呆れ顔の晴子に、俺は指を振った。

「チッチッチ、こんどは俺の法術をつかう」

俺の法術なら、観鈴を動かすことはできなくても、ギリギリ浮かすことはできるはずだ。

「法術って、あの人形を動かす芸?」

「最初からそうせいや」

「疲れるからいやだったんだよ」

「横着もん」

晴子に罵られたが、理由はまだある。

まず、俺は法術で人を浮かすなど、初めての経験なのだ。

観鈴の言った通り、人形を動かす芸という用途以外使ったことが無い。

「作戦Tで飛べればよかったんだが・・・」

「無理やっちゅうねん」

「・・・じゃぁ、いくぞ」

「うん」

観鈴の体に対して、浮くように念じる。

観鈴の体を軽く、軽くしていくイメージ。

精神を集中していく。

セミの声も、晴子の「いそ〜ろ〜、ふぁいとやで〜」という気の無い応援も聞こえなくなる。

ただ、この少女を飛ばすことだけを念じる。

「走れ!!」

俺は叫んだ。

目の前の少女が、俺の前から走っていく。

「あ、体が軽い!」

はしゃぐ声、うれしそうな声がはっきり聞こえる。

もう少しで、あいつの夢が叶う。

途切れそうになる集中を、俺は必死で繋ぎとめた。

堤防の端まで、観鈴の体が差し掛かった。

「飛べぇ!!」

いつも出さないような、しゃがれた声の絶叫。 俺はその時点で自分の声だと気付けなかった。

そこから飛べば、いつもは落ちて転ぶだけ、しかし今日は、その体が浮き上がった。

翼を羽ばたいて、観鈴が飛ぶ。

・・・観鈴が、どこかに飛び去ってしまう!

「私、飛んで・・・!!」

その思考が頭をよぎったとき、俺は、力を解いていた。

玩具の羽と華奢な筋肉だけで飛べるはずもなく、観鈴は砂浜に突っ込んでいた。

「が、がお」

集中を解いた俺には、セミの鳴き声も晴子の「あ〜あ」というあきらめの声も、聞こえていた。

距離3メートル、時間2秒ほどのフライトだった。

自分がしたことを考えたくなくて、俺はそのまま意識の混濁に体を委ねた。

 

 

 

「悪かったな。 飛ばせられなくて」

手で日をさえぎりながら、俺は観鈴につぶやくように言った。

扇風機が送る風、寝転がった膝の温もりが、両方気持ちよいと思う。

未だに思考がはっきりしなかった。

「ううん、私、飛べたよ。 一瞬だけど、楽しかったな」

「本当に・・・一瞬だったけどな」

俺は苦笑した。

「でも、ちょっと怖かった」

「怖い?」

「このまま飛んだら、もう往人さんと逢えなくなるんじゃないかって・・・」

俺が感じた不安、観鈴を失うことの怖さを、こいつは感じたらしい。

「俺も、そう思った」

思考がまとまらないせいで、思ったことはそのまま外に出てしまった。

「往人さんも?」

「お前がいなきゃ、飯が食えないからな・・・」

本能的にでる、ひねくれた言葉。 俺にもひねくれ遺伝子が刻み込まれているらしい。

「そっか、じゃぁ・・・」

母親の匂い。 手をどかすと、逆さに映る観鈴の優しげな笑顔。

天使の笑顔。 でも、背中に羽は無い。

俺は、飛べなくても良い。 きっとあの子は、この前髪を揺らす空気にも存在するから。

「今度は、一緒に飛ぼうね」

俺にも観鈴にも、羽が無くて良かったと思った。

 

 

終・・・



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