>「明日、休みだけど委員会があるから学校来てね」

家に帰ってから早々電話があった。
ちなみに明日は開校記念日で休み、しかも9月2日。
委員会は選挙管理。
生徒会選挙で仕事をするらしい。

「じゃぁ、行って来るよ」

玄関から出る前に家の奥に向かって言う。
穐山 仁史。
2週間前に引っ越してきたばかりである。
この引越し先も学校も結構問題がある。
まずここ、岐阜県高根。
正真正銘の田舎である。
そして、学校。
男子生徒総数、35名。
女子生徒総数、118名。
ありえない。
昨日の始業式後のホームルームでもそう思った。

「えー、青森の浪岡から来ました。 穐山です」

礼をした後に見た光景は忘れられない。
見る限り女子生徒しかいなかった。

「先生、男子は…?」
「男子、手を挙げろ」

小声で担任の江碕に言った。
見ると6人ほど手が挙がった。

「6人、ですか」
「いや、1人違う」

そう言われて手を挙げている者の顔を見ると、たしかに1人女子が机に突っ伏している状態で手を挙げている。

「あいつはよく寝ぼけるんだ」
「は、はぁ…」
「とりあえず今日は一番後ろ、窓際から2番目に座ってくれ」

言われた通りの席に移動していた時、あるものをみた。

「……」

1人の女子生徒の黒髪の頭部から何かが出ている。

「ん?」
「あ、いや…」

耳だ。
耳が出ている。
改めて思った。

(有り得ねー…)

ひとまず通り過ぎて自分の席に座る。
鞄を机に引っ掛け

「……」
「な、何?」

隣の席の女子が穐山を見ていた。

「別に」

その女子は一言言って前に向き直った。

「あー、早速休日出勤か…」

太陽が昇り始めた農道を自転車で走る。
山の中腹に古き木造二階建て校舎が見える。
最初は中学校かと思った。
自転車をこぎながら前かごに入れてある鞄の中身を探った。

「……」

気づいた。

「なにやってんだ、俺」

何のために鞄を開けたのかわからなかった。


学校に到着。
自転車を駐輪所に置いて校舎の中へ。
昇降口には誰もいない。
ロッカー式でない下駄箱がただ並んでいて、幾つかに靴が入っている。
誰もいない廊下を歩き、教室へ入る。

「……」

おかしかった。
もっと早く気づくべきだった。
これまでに誰にも会っていない。

「…おかしいな」

そう思い、教室から出ようとした時だった。
掃除用具入れがいきなり開いた。

「!?」

中から人が出て来た。
おそらく同じクラスの女子。
手には長ほうきを持っている。
そして

「……」
「…な」

何?
そう言う前にその女子がほうきで殴りかかってきた。
柄を長く持っていたのでどうにか避けられた。

「な、なんなんだよ!?」
「……」

焦る穐山だが、一方女子生徒は無言無表情でほうきを続けざまに振り上げた。

「う、うわっ」

これもどうにか避けた。
なんなのか。
なにか恨みがあるのか。
そんなことを考えながら穐山はほうきを避けつづけた。
若干ほうきを振る速度が落ちたのを見て振り下ろされたほうきを掴んだ。

「一体なんなんだよ」

パッ

不意に女子生徒がほうきを離した。
呆気に取られて一瞬の隙が出来た。

「……」

離した手を握り、勢いをつけて穐山を殴った。

「!?」

まともに右頬に左ストレートを食らった。
続け様に腹に右ブロー。
あまりの痛みにうずくまった。

「痛ってぇ…なぁ!!!」

顔を上げた時、その女子を睨みつけた。
何かが顔に迫ってきていた。
鼻が曲がった気がした。
思いっきり顔面を蹴られたのだ。
見えた。
スカートの中に何か白い物が見えた。
正直「それ」を見ても嬉しくなかった。
そして、穐山は仰向けに倒れた。
鼻に妙な感触がある。
おそらく鼻血。
天井を見ながら腕で拭おうとした時

ドサッ

腹が急に重くなった。
その方向を見る。

「……」

無表情の女子生徒が穐山の腹の上に乗り、拳を振り上げているのが見えた。
マウントポジションを取られた。
まずい、そう思う前に連打を浴びた。
腕でガードするものの、その腕の隙間からもパンチが当たる。

「ちっ… こんの野郎ぉめぇぇぇ!!!」

飛んでくる拳を無視し、思いっきり右手を伸ばし、女子の顔面を狙った。

「がっ」

妙な声がしたかと思うともう連打は降ってこなかった。
息を整え立ち上がるとそこには女子生徒が倒れていた。

「はぁっ…はぁっ…」

鼻血が床に垂れた。
殴られ、少し痛む腕で鼻の辺りを拭う。

「全く… 何なんだよ…」

両手を腰について一息つく。

「あ゛ー」

ガン

後頭部に痛みが走る。
振り向く。
目の前に何かが急接近していた。

ゴン

目の辺りに何かが当たった。
一度、「何か」が離れた時に目を開け、確認した。
モップだった。
それを持っているのは耳付き生徒だった。
その女子生徒も無表情だったのが妙に癪に障った。

「何なんだよ!!! お前らはぁっ!!!」

もう1回突き出されたモップを避け、掴み、奪い取ろうとした。

パッ

同じ手に2度も引っ掛かった自分が嫌になった。
再び顔面に連打を食らい、再び仰向けに倒れた。
今度はマウントポジションを取らせないように手を伸ばしガードしていた。
触った。
柔らかい物を触った。
これも正直嬉しくもなんとも思わなかった。
あえて言うなら「やばい」と思った。
穐山は再びマウントポジションを取られ、殴られた。
別に胸を触られた事に怒って殴ってる訳ではないだろう。
何度も殴られているうちに1本、糸が切れた。

「なめんなよぉ!!! こんの耳付きがぁぁぁ!!!」

先程と同じように顔面を狙い、殴った。
当たったかは確認せず連打を繰り出す。
腹が急に軽くなり、立ち上がる。
中腰になってフラフラしている耳付き女子の頭を思いっきり、組んだ両手を振り下ろした。
小指が痛かった。

「ったく…」

再び流れ出てきた鼻血を拭う。
耳付きを見てみるとうつ伏せになって倒れている。

「…帰るかぁ…」

落ちているモップを拾い、自分の席に置いてある鞄を持つ。
絶えず流れてくる鼻血を拭きながら教室を出た。

「……ちっ」

目の前の光景に思わず舌打ちをする。
前方階段までの通路に女子生徒5人を確認。
振り返ると後方の廊下にも6人を確認。
挟み撃ちだ。
穐山は鞄を放り投げ、モップを構えた。

「どいつもこいつも… かかってこいやぁ!!!」

穐山が叫ぶのと同時に11人が突撃してきた。
まさに「戦車対竹槍」な状況である。
まず、先頭の1人をモップで思いっきり腹部を突いた。
気絶まではいかず、よろけただけで次の1人が突進してきた。
狭い廊下にもめげず、モップを振り回す。
避けた。
穐山はモップの柄を思いっきり女子生徒に向かって投げつけた。
見事にモップの柄は顔面を直撃した。
この時点で穐山は肉弾戦を覚悟していた。
後ろには既に1人が接近していた事は分かっていた為、裏拳を叩き込む。
これも見事に側頭部を直撃、気絶してくれた。
再び振り返り突進してくる1人を思いっきり殴る。
しかし、何度も殴られていて視点が定まらず、避けられた。
後頭部に痛みを覚えた瞬間、目の前が暗くなった。
殺される。
そう思った。

「お前ら、動くな!!!」

いきなり男の声が聞こえた。
膝で体を支えながらその声の主を見る。
1人の制服を来た男子生徒が後方にいた女子生徒の首を両腕で締めているのが見えた。

「お前、こっちこい」

男子生徒が穐山を見ながら言う。

「他のやつは動くな、動くとこいつの首をへし折るぞ」

穐山はフラフラと立ち上がりながらその方向へ向かう。

「お、お前は?」
「とりあえず体育館に行け、それから脱出する」

その生徒は穐山を見ずに行った。
それを聞き、小走りで階段へ向かう。
後ろを振り返るとゆっくりとその生徒もこちらへ向かって来ている。
相変らず女子生徒の首は締めたまま。
本気で殺す気かと思った。
その時、男子生徒の腕が動いた。
そして、何かをした。
よく見えなかったが、女子生徒のほうは倒れた。
それと同時にその男子生徒がこちらを向いて走り始めた。

「走れ!」

そう言われて慌てて走り始める。
すぐに追いつかれて制服の袖を引っ張られた。

「もっと早く走れ!」

廊下を駆け抜け、階段を飛び降り、体育館へ向かった。
田舎の学校の体育館は意外に広かった。

「はぁ…はぁ…」
「もしかしてと思って…来てみたら、やっぱりそうだったみたいだ…」
「…何がだ?」
「俺も去年、同じ目にあってるんだよ」
「!?」

その生徒の話では去年のこの日、電話で呼び出されたところ学校全員の女子による集団リンチに遭遇。
あの手この手でどうにか逃げ切ったとのこと。

「何で… 襲ってきたんだ?」
「俺もよく知らんけど、次の日になれば普通に学校に来るってぐらいだな」
「はぁー…」

体育館の中央に座り溜め息をつく。

「…さて、もう一仕事だな」

その男子生徒が立ち上がる。

「?」
「穐山、あいつらの弱点がある」
「どこだ?」

その男子生徒は躊躇せず言い放った。

「男と同じ場所だ」
「…はぁー…」

同じ場所、それを意味する物は何か。
気づけばその男子生徒は右手に軍手をつけている。

「スカートの上からでも効くからお前もやるか?」
「なぁ… お前はそうやって去年切り抜けてきたのか?」
「ま、気づいたのは後半戦だな。 そうそう、俺 原田 隆志な」
「あ、あぁ…」
「ほれ、軍手貸すからちゃっちゃと片付けるぞ」

原田が軍手の片方を投げてよこした時、体育館の重々しいドアが開いた。
女子生徒が続々と入ってくる。
これまで倒したのは10人にも満たないから100人ぐらいはいるかもしれない。

「なぁ、本当に明日は普通なんだな?」
「あぁ」

そうこうしている内に完全に囲まれた。
こうして見ると女子相手というのも恐ろしい。

「なんで、攻撃してこないんだ…?」
「…上だな」

不意に原田が呟いた。
意味も分からず呆然としていると原田がいきなり上を向いた。
それにつられ穐山も頭上を見る。
スカートがはためく中、また『白い物』が見えた。
いや、向こうは見せるつもりなど毛頭ないだろう。
1人の女子が竹刀を持って飛び降りてきた。
どこから飛び降りてきたのか、という思いが真っ先に湧いてきた。
いや、そんなことはどうでもいい。

「よし、穐山」
「なんだ?」
「あいつの攻撃を避けた後、2人で同時攻撃だ」
「あ、あぁ…」

そう言っている間に竹刀女子の斬撃を避けた。
そして、穐山と原田が同時に浦拳を側頭部に叩き込んだ。
無言で倒れ、それが合図になったかのように2人を囲んでいた輪が襲い掛かった。

「数で押し切ろうと思うなよぉぉぉ!!!」

原田が怒鳴る。
穐山の背後で何が起こっているかはあまり想像できない。
軍手をつけた手で女子生徒の某所を触っているのだろうか。
穐山はやはり出来なかった。
ひたすら殴り倒し、仕掛けてきた女子からカウンターで潰す。
その繰り返しだった。

「穐山、遅い!」

原田がこちら側に回ってきた。

「も、もう終わったのか!?」
「あぁ、弱点突けば早いもんだ!」

やはり、無理だ。

「あ゛ー、終わったなー」

原田が校庭のベンチに座りながら、伸びをする。
そして、軍手を外す。

「はぁー…」

穐山が溜め息をつく。
原田が制服の上着の内ポケットをあさる。

「なぁ、ライター無いか?」
「ライター? そんなもん無いぞ」
「あー、じゃぁいいか」

手には煙草が握られていた。

「…煙草吸うのか?」
「ん、仕事が終わってからの一服ってやつさ」
「へぇ… あんまり吸いすぎるなよ」
「わかったわかった。 …お、あった」

ポケットからライターを取り出し、火をつけ、吸い始めた。

「あ゛ー… 疲れたな」
「年寄り臭いな、原田は」
「まぁな。 うちで飯でも食ってくか?」
「ん、いいのか?」

煙を吐きながら原田が言う。

「うちって、民宿兼食堂なんだよ」
「へぇ、じゃぁ行くかな」

穐山が体を反らして後ろにある校舎の時計を見た。
10時21分。

「まだ早いか」
「早いな」

(終わり)