魔王の家の村娘A
18話 VS魔王
ゲートから飛び出したアンが見たのは、巨大な竜の胴体とその周囲にいる冒険者達、そして以前よりもさらに露出の増えた姉だった。
彼女達に案内され、竜の棲家であった火山から脱出したアンは、太陽に明るさに目を細める。
それから彼女は、仲間と一旦別れた姉に連れられ、生まれ育った村へと戻っていた。
「え、じゃぁお姉ちゃん達って、魔王を倒す為に旅をしてるの!?」
「まぁ、この時期の冒険者なら最終目標は皆そうでしょ」
驚きの声を上げるアンに、並んで歩いている姉が大げさねぇと苦笑する。
しかし、つい先程まで魔王見習いの住居で暮らしていたアンとしては複雑な気分だ。
そこでふと、彼女は思いつき、尋ねてみた。
「そういえば、魔王ってどんな人なの?」
「どんな人って……いやー、私もよく知らないけど」
問われ、姉は唇に指を当てながら考えるポーズを取り、それから彼女は魔王について語りだした。
「一番有名な事と言えば、史上三人目の竜を従えた魔王って事ね」
「竜を!?」
それが本当だとしたら、大変な事だ。
何せ前二回は世界がとんでもない事になっているのだから。
しかし、魔王が出現したという噂が出てからもう三ヶ月は経っている。
それなのに、アンはその魔王がどこを征服したとかどこを襲ったとかいう話は一度も聞いた事がなかった。
彼女の不思議そうな顔で察したらしい。姉が大きく頷いた。
「うん、でも魔王はまだ大掛かりな侵攻はしてない。それどころか北の大陸に篭って妙な事をやってるらしいわ」
「みょ、妙な事って?」
「そこいらの町で魔力を使わない機械を売り捌いてるらしいの。それがやたら便利らしくて、魔王謹製って分かってても買う人間が後を絶たないぐらいよ」
魔力を使わない機械……そうか、そういえばこっちではそれが普通なんだ。
まだ感覚が戻りきっていないアンは、ぼんやり考えた。
「それって悪いことなのかな?」
そして、思わず口にする。
「魔王の作ったもんなんて、何が仕込まれてるか分からないじゃない。後は経済侵略だとか、魔法使いの地位を脅かすとか、人類を堕落させるとか、まぁ色々世界を混乱させてるみたい」
魔力孔が無いというアンの事情を知っている姉は、それに対し多少言い辛そうに答えた。
アンも憂鬱な顔をしているが、 その理由は姉の言葉でこちらの世界ではあの冷蔵庫やレンジなど便利な家電を使えないのだと思い出した所為である。
なるほど、難しいものだ。 あれぐらい便利なら、確かに自分も買ってしまうかも。
「ちなみに、どんな物を売ってるの?」
「えーっと、食べ物を冷やして保存できる機械とか、逆に温めてくれる機械とか」
自分が先ほどまでイメージしていた物が姉の口から漏れ、アンは驚いた。
それって、あちらの世界にあった物じゃ……。
「あぁ、後は機械じゃないけど、着けるだけで胸が大きくなる胸当てとか」
そんな物あったら今すぐ着けるよねー。などと姉が豪快に笑う中、アンは自らの胸を押さえる。
そこには舞に選んでもらい、良に買ってもらった、そういう評判の胸当てが着けられている。
……竜をも従え、見た事もない品物を売りつける。
いやいや、まさか。
だって魔王が出現したのは、自分があちらに行く前だもの。辻褄が合わない。
アンがバカな考えを振り払っていると、今度は姉がアンに問いかけた。
「そういえばアンタ、家を出てから一週間どうしてたの?」
「一週間?」
自分が異世界に召喚されたのは、一ヶ月ほど前のはずだ。
姉は何を言っているのだろうとアンは首を捻る。
捻って、捻って、それから彼女は気が付いた。
周りが、明るい。
良達と儀式を行ったのは夜であったはずなのに、自分が今いるこの世界では太陽が真上にある。
召喚ゲートの先は、同じ場所とは限らないと良は言った。
ならば、その先が同じ時間であるとも限らないのではないだろうか。
「あの、お姉ちゃん。魔王ってなんて名前なんですか?」
「え、魔王ヘイヘイ」
姉の言葉に、アンは口をあんぐりと開けた。
それから、深く頷く。
なるほど、決まりだ。確定だ。つまりはそういう事なのだ。
彼、魔王はアンより遅れ、しかし彼女を先回りし、魔力至上のこの世界を滅ぼしに来たのだ。
なんて盛大なおせっかいだろう。おせっかい魔王だ。
でもそれはきっと私の為に……。
くやしいのだか嬉しいのだか、自分でも分からず身もだえするアンをどう思ったのか。
隣を歩く姉は指を立て、彼女に注意した。
「あ、でもアンタ。いくら便利そうでも魔王の作った機械が欲しいなんてダメだからね。魔王は北の大地でハーレム作ってるって噂なんだから」
「ハ、ハーレム!?」
彼女の言葉に、アンの顔が驚愕に染まる。
え、だって彼って私の為にこの世界に来たんじゃ……。
「そうよ。魔物だろうがエルフだろうが女騎士だろうが竜だろうが妹だろうが関係無しって話なんだから。きっと儲けた金でウハウハ楽しそうに暮らしてるに違いないわね……って、どうしたのアン?」
わなわなと震えるアンを、姉が不思議そうに見る。
アンはその彼女に、なるべく穏やかに頼んだ。
「お姉ちゃん、村に帰ってしばらくしたら、また寄ってくれないかな? 行きたい場所があるの」
「え、珍しいね。良いけど、どこ行くの?」
「魔王退治です」
帰ってきた時とは別の意味で無理やり笑顔を作ったアンに、姉が二三歩下がる。
そうだ、今なら魔王だって倒せよう。この力は、全て彼にもらったのだ。
返しに行かなきゃ。小さな問題を片付けたなら、すぐに。
「やるぞーーー!」
握り拳を突き出したアンは、思い切り叫んだ。
村娘アンの魔王退治は、こうして始まったのであった。
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