第三章 肥大する嘘
朝、目を覚まして左を見ると、腹があった。
右を見ても腹がある。 何事かと頭の上を見ると、すやすやと眠る二つの顔。
双子が俺の頭を挟んで、お互いに向かい合って眠っていた。
あぁ、昨日のが夢じゃないさ、分かってる。 アレが夢だってなら、この口自体が十年以上続く悪夢だ。
ていうかこいつら、睡眠必要なのか? それと、俺は起きて良いのだろうか。 俺が動くと、こいつらはこの寝そべった体勢のまま引きずられていくのだろうか。
こんなこまっしゃくれた奴らの寝起きがどうだろうと知った事ではないとは思うのだが、寝ていれば可愛いって表現も出来なくはないんだよな。
間違いなく間違いなんだけど、両耳が温かい。
まるで双子に体温があるみたいだ。もう少し耳を寄せれば鼓動が聞こえるだろうか。
あ、やべ。 また眠くなってきた――。
『可愛い寝顔だったわよ』
『一生寝てれば良かったのに』
予鈴と共に正門へと滑り込んだ俺を、双子が囃す。
二度寝で危うく遅刻する所だった。
荒い息を整え口の端を確認した俺は、教室の中へと入った。
「よぉ大輔」
「うっす柊。アレ上手く行ったか?」
「おはよう大輔」
「やぁ南。風邪治った?」
「何だ、今日は遅いな大輔」
「遅刻常習犯に言われたくないなぁ」
「……はよ」
「やぁ、今日も可愛いね」
「キャー、大輔クーン」
「うるせぇ双子の姉」
側を通った奴らと一言二言交わして席に着く。
俺を置いてさっさと登校した綾菜を責める事はしない。 部屋に入るのを禁止しているのは俺だからだ。
――寝ている間に大口でも開けてたら、隠しようが無いからな。 夏場でも口元まで布団を被せるのは、小さい頃からの癖だ。
『本当によく喋るのね』
『普通黙らない? そんな口してたら』
席に着くと、双子が耳元で囁きかけてきた。
「笑っといたほうが良いんだよ。普段から必死で口閉じてると、面の皮が硬くなる」
俺は小声で言い返す。 少なくとも、俺自身はそう思っていた。
顔の筋肉は強張るものだから、マッサージしましょうなんてのはよく言われることだ。 大体鉄面皮なんて噂が立ったら、それを崩してやろうと考える人間だっているだろう。
不意打ちで笑わせに来られたら、我慢できる自信はない。
世の中は面白いのだ、憎らしいほどに。
「俺なりの処世術って奴だ」
『あら意外』
『昨日の考え無しは別人かしら』
こいつらはストレートに憎たらしい。
昨日のは、そう、普段真面目にしてると、たまにはっちゃけたくなるっていうか……。
「つうか、遊んでて自分の大事なモノ飛ばされたお前らに言われたくねぇ」
言ったところで担任の岡崎ちゃん(二十五歳女教師)が入って来、俺は口を閉じる。
『へぇ、それを言う』
『言ってくれるのね』
……おかげでHR中、双子は言い返せない俺をひたすらなじり続けた。
こいつらとの会話を打ち切るタイミングには注意しよう。俺はそう心に誓った。