それは、ある日常の一コマから始まった。
 
「あゆちゃん、そのカチューシャお気に入りなんだ?」
 
名雪が言う。 どうでも良いことには、こいつは目ざとかったりする。
 
「うん、だってこれ、祐一くんがくれたんだもん」
 
笑顔であゆは答える。
 
・・・悲劇の始まりだった。
 
 
かぶりもの戦争
 

 
 
俺、相沢祐一と、その奇怪な仲間達は某所の公園にいた。
 
頭上には満開の桜。 地面には豪勢な赤い敷物。 倉田家の所有物だ。
 
周りにはたくさんの弁当。 色んな人の合作。 黒ずんでいたり、異臭を放つものもあるが、あえて誰の作品とは言うまい。
 
オレンジ色のジャムもあるが、怖くて誰も手を出していない。
 
言わなくてもいいと思うが、俺達は花見に来ていた。 それもかなりの大人数で。
 
面子は、チャーミーボーイ祐一様、だおー、うぐぅ、あうー、はちみつくまさん、美坂シスターズ、佐祐理さん、天野、ピロ、ケロピー・・・・、北川ジョン。
 
ちなみに、紹介順序に悪意はない。
 
「へぇ・・・」
 
微妙な返事の名雪。 笑顔だが、口の端がぴくっとなった。
 
「・・・・」
 
「・・・・」
 
その他のメンバーは、何も言わない。 何も言わないので、俺はみんなが何を考えているのか分からない。
 
が、このお父さんがリストラされて帰ってきたような空気は感じている。 何故、いきなりこんなに空気が重くなる。
 
まずいのか、女の子にカチューシャを送るという行為は、そんなに重いことなのか!? それとも、うぐぅだからか?
 
冒頭の発言をし、見事に場を凍らせたうぐぅお父さんは、まったくそれに気付かず続ける。
 
「祐一くんが、ボクが血塗れで倒れてるときにこれをプレゼントしてくれたんだよ」
 
お前の言い方だと、俺が変質者のように感じるだろう。 だが、「どういう状況やねん!」とつっこむ者すらいない。
 
実際、あの時渡してはいないんだがな。 神様的小さな奇跡で、やつの頭上に光り輝いているわけだ。
 
しょうがないので、俺がつっこむ。
 
「血まみれかよ!」
 
最近覚えたさまぁ〜ずの三村ツッコミだ。 お手軽簡単。 自らもボケられて一挙両得の優れものだ。
 
しかし、俺がボケとツッコミを中途半端に両方こなしたにもかかわらず、場の空気は変わらない。
 
むしろ5sほど重くなった。 5kgといえば、オギャーな新生児より重いのだから、侮れない重さだ。
 
「・・・・ふっふっふっふっふ」
 
謎の笑い声。 俺はそちらの方に目を向ける。 笑っているのは真琴だ。 なにやら暗い笑みだが、迫力はゼロだ。
 
「甘いわ、うぐぅ! あたしなんか、え〜と、あれ、なんだっけ? あれよ、祐一」
 
やおら立ち上がった真琴が、勝ち誇った笑いをあげる。 が、途中ですぐに勢いがなくなり、俺に助けを求める視線を送る。
 
人に物を頼むときは、もっと低姿勢になれ。 て、いうかうぐぅ呼ばわりとは。 真琴ランキングであゆはかなり下位にいるらしい。 俺のせいか?
 
「エロ本のことか?」
 
「そうそう、エロ・・・違うわ! あれよ!」
 
おお、のりツッコミ。 さすがだ。
 
「・・・ベールだろ」
 
次は悪魔教本とでも言おうかと思ったが、切りがなさそうなので、ちゃんと教えてやる。
 
「そう、ベールもらったもんね!
 
爆弾2号投下。そこにいた全員が、驚きの声をあげた。 その意味は多分色々異なる。
 
北川が一番微妙な顔、にやけつつ、俺を羨ましがりつつ、哀れみの視線を送ってくる。
 
どういうメッセージだ。
 
だが、俺は次の瞬間悟った。 痛いほどの視線が、周りの人間から注がれているのだ。
 
俺は注射で泣いたことはないが、この痛さにはくじけそうだ。
 
佐祐理さん、あなたは笑っているのに、どうしてそんなに棘を出すことができるんですか?
 
香里、お前の絶対零度は、春風も凍らすぞ。
 
名雪、手に持ったケロピーで何をする気だ?
 
例外は天野だけだが、どうにもフォローに回ってくれる気はないようだ。
 
まぁ、ベールあげたのは事実なんだがな。 ミニ結婚式まで挙げたし。 のっぱらで。
 
にしても、マコピーにあのときの記憶があるとは。
 
弱みポイント+5だ。
 
「ものみの丘で、みんなの愛と友情によってパワーアップして復活したこのあたしから祐一をかすめとろうなんて、300年早いわ!」
 
なぜか勝ち誇る真琴。 俺はお前の所有物じゃないぞ。 ニューマコピーめ。
 
つーかしてたのか、パワーアップ。
 
「うぐぅ、ボクだって人間の体を手に入れてパワーアップしたもん!」
 
どこぞの妖怪人間か、おのれは。 まぁ、怨霊臭い節はあったが。
 
あえて言うならハイパーうぐぅ。 両方とも、おつむのパワーアップは断念したようだな。
 
「火花散ってるぞ、相沢」
 
「おモテになりますね」
 
天野、皮肉なのか? 男冥利に尽きる設定なのだろうが、あうーとうぐぅでは、どうもあまり嬉しくない。
 
幼稚園児に取り合いされる先生の気分だ。 それがたまらん人間もいるだろうが。
 
「ぬー」
 
「うぐぅ」
 
にらみ合いあゆ不利。 ベールという言葉の重さに負けているのかもしれない。
 
なんたってベールだからな。 今思えば俺もとんでもないもの買ったもんだ。
 
ただ、殴り合いになったときは、威力ゼロのマコピーパンチより、俺を何度も餌食にしたうぐぅタックルのほうが強いかもしれない。
 
にしても、パワーアップするときにもうちょっとボディーを強化して欲しかったぞ、お兄さんは。
 
「・・・止めたほうが、いいんじゃないか?」
 
珍しく常識的な意見を言う北川。 人生が人生だけに、こういう修羅場(というかは微妙だ)に慣れていないらしい。 アンテナも波打っている。
 
あの二人だから放っておいても害はないと思うんだが・・・。
 
「二人とも、やめろよ」
 
俺も、なんか自分が原因ぽいので強く出られない。 アンテナがついていれば、波打っていただろう。
 
訂正、これは男の性だな。
 
「祐一! うぐぅにえ〜と、あげたのなんて、ちょっとした若気の至りよね!」
 
今、カチューシャって言葉がとっさに出なかったな。
 
「祐一君。 ベールなんて、その辺にあった布をあげただけだよね」
 
お前も言うなぁ、これが嫉妬パワーか。 もてる男はつらい。
 
と、今まで黙々と食べつづけていた舞が立ち上がった。 ほっぺたにご飯がついてるぞ。
 
「舞、止めてくれるのか?」
 
「はちみつくまさん」
 
そうか、舞が殺ってくれるなら安心だ。 いや、誤字だ。
 
しかし、もしかしたらそういうことも、あり得るかもしれない。 なんたって妖狐と怨霊だし。 二人とも、『元』がつくけど。
 
こいつは、魔を討つものだから・・・。
 
いや、討っちゃまずいだろ。
 
はらはらしている俺をよそに、舞は二人に歩み寄る。 本物の威圧感に、元々弱虫の二人組が怯む。
 
「・・・私、祐一にうさぎさんの耳もらった」
 
言語型爆弾参号投下!!本物の耳を千切ったみたいじゃないか。ウサ耳と言え。
 
俺の周囲には、さっきのときとは違った意味のざわめきが溢れている。
 
「まさか、本当にウサ耳をプレゼントしたのか? 相沢」
 
ちゃんと意味を理解しているようだな、北川。
 
「まぁな」
 
チョイスは名雪だが。 名雪はなんか半泣きだ。 しかし、俺が思うにこいつは千切ったウサギの耳を想像してるんだろう。
 
お前が買ってきたこと、忘れてるな。
 
「夜、学校でもらった」
 
何でそういうことを言うんですか、舞サン!? もてる男は本当につらいぞ。
 
周囲の視線も含めてだ。
 
「なんてこった! ウサ耳といえば漢の夢! 浪漫! バニースーツは正統派! 制服と合わせるもよし! 夜の校舎で私を捕まえて・・・ゲフ!」
 
暴走を始めた北川の腹部に、香里の光速ボディーブローが決まる。 今、背中からも血が出なかったか?
 
そして、倒れこんだ北川の頭には大きなたんこぶ。 ちなみにやつの隣りは天野だ・・・。
 
「し、死ぬ・・・」
 
死に逝く北川に、俺は何も言うことができない。 微動だにしただけで、俺も同じ末路を辿りそうだからだ。
 
それだけ空気が重くなっている。
 
いまや重力100倍。 北川が描いた血だまりに桜が落ちても、「ああ、おつだな」とは、決して言えない雰囲気だ。
 
「あはははは〜、祐一さんはかぶりものが好きだったんですね」
 
かぶりもの!? むしろ、それだときぐるみとか連想するぞ。 佐祐理さん、悪意はないですよね。
 
「それなら、これでどうです!?」
 
やおら立ち上がった栞がいつもの謎ポケットから取り出したのは、はんぺん二つ。 おでんに入れるやつだ。 
 
それをこいつは、頭に装着した。
 
「ねこみみです!」
 
ど〜ん!いや、それははんぺんだ。 おでんの具だ。
 
「ねこ〜ねこ〜」
 
「きゃあぁぁぁ!」
 
俺の心の琴線には触れなかったが、名雪的には大ストライクだったようだ。
 
栞はなす術もなく押し倒される。
 
「確かに、相沢は頭にプレゼントが好きだな」
 
いつの間にか北川。 どっかの宇宙生物並みに復活が早い。 まさか、はんぺんに萌えたのか!?
 
「なんせ、俺のくせっ毛も相沢にもらったからな」
 
すまん、拡大するときの色がネタ切れだ。 つーか、そのアンテナはやはり取り外しできるのか?
 
「相沢君が来る前から付けてなかった?」
 
「甘いな。 実は7年前、俺は相沢と会っていたのだ」
 
「それは衝撃の事実ですね」
 
天野。 先輩なんだからちょっとは敬ってやれ。 馬鹿にしてるのバレバレだぞ。
 
「あはははは〜・・・・・」
 
ぱちん。 佐祐理さんが指を鳴らすと、どこからともなく黒服の男たちが現れた。 しかも黒人。 MIBだ!
 
北川。 屈強な男達に抱えられ無念の途中退場。
 
この空気は、やはり危険だ。 喋ろうものならあらゆる手段で殺されそうだ。
 
「ともかく祐一さん。 私が病気で死んだら一緒に死んでくれるっていう約束はどうしたんですか!?」
 
言ってないし!! なんか栞に飛びついていた名雪が、抱きつく力をこめたぞ。 背骨は大丈夫か?
 
「祐一くんは、ボクのお願いなんでも聞いてくれるんだもん!」
 
あゆ、できる範囲で3つまでだ。 お前は使い切ったぞ。
 
「あたしなんて、祐一と一緒に寝てたのよ!
 
今回はやけに絡むな、真琴。 この前出番が少なかったせいか?
 
 ベットにお前が入ってきただけだろう。 いや、実際後ろめたいこともあったような・・・。 
 
「ふふふ、私もう笑えないよ。こんな時は・・・」
 
いや、笑っとるがな、お前。 栞をベアハックで倒した名雪は、ケロピーの腹部を勢いよく掻っ捌いた。
 
「祐一目覚まし〜!」
 
不二子キャラ風味だ。そしてその名前に、いやな予感。・・・まさか。
 
「ポチっとな」
 
壊れてきたか、名雪。
 
そして再生される悪魔のメッセージ。
 
『名雪・・・』
 
『俺には奇跡は起こせないけど・・・』
 
「うわあぁぁぁぁ!!」
 
「黙りなさい」
 
叫んでごまかそうとした俺を、色んな人の攻撃が直撃・・・。
 
麻痺針なんか誰が使ったんだ?
 
なぜか全員が真剣な顔で聞き入っている。 何で香里がそんなに真剣なんだよ。
 
名雪はいちいち身悶えしている。 そうやっていつも聞いてたのか。
 
『名雪のことが、本当に好きみたいだから』
 
ああ、流れてしまった。そう、これこそ地獄のテープ。 相沢歴史の中でも1、2を争うほどの恥ずかしさ。
 
 
俺が名雪の前からいなくならないことを誓った(これだけでも恥ずかしいが)、通称『恥ずかし証拠時計』だ。
 
いつも消去する機会を狙っていたが、まさかあんなところにあったとは・・・。
 
「・・・詩の才能がおありですね」
 
やっぱり今日は厳しいぞ天野。
 
「ゆういち〜」
 
後ろから俺に飛びつこうとする名雪を、舞が蹴飛ばした。
 
「ええ〜い、こうなったら『名雪』の部分を全部『真琴』に差し替えてやる〜」
 
「あ、ずるい。 ボクも」
 
時計を取り上げた真琴と、それに取り付くあゆ。 使い方が分からず困っている。
 
「祐一さん、もう一回私用に、録音してくれますよね」
 
四次元ポケットから同じタイプの時計を取り出す栞・・・。
 
ふふふ、これ設定に無理あるだろ・・・・。
 
花見なんてできやしなかった。
 
 
   終・・・・
 

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