VS
その一
ある日、俺は北川に呼び出された。
場所は屋上、時間は放課後。
俺は指定の場所で、奴の到着を待っていた。
はっきり言ってめちゃめちゃ寒い。
曖昧に言っても、ものすごく寒かった。
呼び出しの理由はよくわからない。
まぁ、奴の唐突な行動は今に始まったことでもないので、別段気にせず、俺はほいほい屋上に行ってしまった。
無視しても良かったのだが、机の上に意味ありげな手紙を堂々と置かれては、行くしかあるまい。
その内容は・・・。
『祐ちゃんへ、今日の放課後、天国に一番近い島で待ってるにゅ BY北川ハン☆セム(サム)』
という、かなり微妙なものだった。
これを解読できたのは、ひとえに二ヶ月足らずの長い付き合いゆえであろう。
寒いだけに、回想がやけにリアルだ。
こういうのは俗に走馬灯というのだろうか?
俺が死への階段を着々と上り始めたときだった。
勢いよく扉が開かれる。
そこに現れたのはもちろん、脇役アンテナ男の北川だ。
「脇役アンテナとはのっけから失礼な奴だな。さすが俺の宿敵だ」
「何!俺の心を読んだのか!?」
「一応言っておくが、お前はタイトルのところからずっと喋っていたぞ」
ふ、俺には実は困った癖がある。それは思ったことを無意識に言ってしまうというものだが、それはある意味天然サトラレとでも言
うべき、NTもかくやという超能力・・・。
「ちなみに今も考えを口に出してるぞ」
「しまった!」
「さすが持ちネタだな・・・」
北川は親指を立てて、爽やかに微笑んだ。
その100$の笑顔に、俺も100万$の笑顔で返す。歯から光った。こまめに使ってて良かった、リカルデント。
「・・・で、用事なんだが」
俺の100万$の笑顔に張り合った笑顔のまま、北川は用件を切り出した。笑顔度が1000万$に跳ね上がる。奴の歯も光る。お前も使ってたのか、アパガード。
「何だ?」
負けまいと、俺は一億$の笑顔で爽やかに聞き返す。
「お前に対決を申し込む」
「何で?」
俺たち二人の輝きは、いまや屋上を黄金の都ジパングに染めていた。
「お前は、俺を裏切った・・・」
今度は、北川の目が光った。擬音にするなら、キュピーンだ。
実際なっている。
瞳は百万ボルト、俺にはできない芸当だ。同じ芸人として、俺は自分の甘さを悟った。
「裏切ったか?」
「そう、俺たちは誓ったはずだ。いつでも仲間だと」
光る輝く奴の目から、涙というルビーがこぼれては、音もなく崩れ去っていく。
詩人としてなら、奴に勝てそうな気がしてきた。
「友とは何か!ともに勉学に勤しみ、一緒に汗を流すものだ!」
北川が急にトーンアップした。なんて一人上手な奴だろう。それにその条件であれば、お前と俺はすでに友達じゃない。
勉学に勤しんだことなんてないだろう。
「友とはつまり、肉親をも超える熱き魂の繋がりだ!愛だ、祭りだ、ワッショイだ!そうだろう、マイブラザ〜!」
なんかキャラが変だと思ったら、違うゲームのキャラが憑依しているようだ。
「そう、俺たちは笑いと男のリビドーで互いを友と認め合った。あえて言うならバラエティー肉欲フレンド。略してバラ肉友達だったはずだ!」
俺たちはそんな関係だったのか!それより、俺は奴に詩人としても負けそうだ。
「それを、お前は・・・!」
ここで溜めが入る。次はきっと攻撃力二倍だから、防御しておこう。
「何故、そんなに甘々な学園生活を送っている!」
ど〜ん、という効果音とともに俺を指差す。あの人のようだ。ちなみにうちは学園じゃなく学校だ。
「つっこみが細かいぞ!」
どうやら、また俺は喋っていたようだ。気をつけなければ。
「お前は毎日学校が楽しいだろう。朝は可愛い従妹とともに登校!可愛くうぐぅな娘と遭遇、たいやきサービス!さらに
凸凹はちみつくまさんな先輩方と登校も可!昼は昼とて水瀬弁当、重箱弁当、バニラアイス食
い放題!」
いや、好きでやってる訳でもないんだが。
「帰りはうぐぅと探し物、美坂(妹)とアバンチュール、ついでにイチゴサンデー食べまくり!」
おごらされてるだけだぞ。
「肉まん食べ放題、マンガ読み放題、マコピー語話し放題、箸落とし放題!」
それは、うちの居候のことだろう。
「魔物退治し放題!」
何故お前がそれを知っている。俺はストークされているのか?
「願いを一個だけかなえてもらい放題!」
だから何故知っている。つーか、それは放題じゃない。
「謎ジャム食べ放題!」
「うらやましいか?」
「全然」
「ならいいじゃないか」
「他のことは羨ましい。よって、お前を殺す」
「ようはただの嫉妬か」
あれだけ長い前フリがあって要はそれか。初めてなのに前後編分けようかとも思ったじゃないか。
「問答無用!俺のこの手が真っ赤に燃える(中略)ゴォォォォォットゥォ・フゥィ○ガアァァァァァァァァァ!!!!」
なんて叫びだ、北川。一瞬伏字がいらないかと思ってしまったじゃないか!
さすがに本場は叫び声が違う。しかし、俺も負けていられない。
「この、馬鹿弟子がぁ!ダアァァァァクネス・フィンガア◎ァァァ!!!!」
俺たち二人の念のぶつかり合いで、偶然そこにいたぴこぴことなく宇宙生物が吹っ飛ばされた。
「やるな、相沢。さすが顔と声が東方不敗に似ているだけある」
「立ち絵と声がないからって、いいかげんなことを言うな」
言ってから、俺は自分の言葉で傷ついた。
「隙あり!バイタルガーター発進!エヴァンゲリオン3号機発進!ゲキガンガー発進!」
俺の隙をついて、次々にメカを発進させるい北川。読者がついてきてるかなどお構い無しだ。
それらの攻撃を、俺は復活してきた宇宙生物を使って巧みにかわした。
しかし、いつの間にか俺は北川に追い詰められていた。奴の顔は見事に熱血調で、アンテナもびんびんだ。あれでロボを操っているのかもしれない。
「やるな北川、だがそれもここまでだ」
俺は顔に笑いを浮かべる・・・必要も無かった。先程から俺は一兆$のスマイルを崩していなかったからだ。
北川も、何とか900000000000$の笑顔を維持しているが、目を光らせつつ、泣きつつなので、無茶苦茶不気味だ。
「出でよ、召喚獣なゆなゆ!」
「呼んだ〜?」
そして伝説の魔獣、なゆなゆは召喚された。
「祐一〜、私魔獣じゃないよ〜」
こんなぬるいつっこみも気にならない。俺は10兆$の笑顔を名雪に振り撒くと、背後から北川のほうに押し出した。
「わぁ!」
北川に名雪がつっこみ、抱きつく形になる。不意の事故なのに、名雪の背中に手を回していた北川は、さすがといえるだろう。
あとで100発ほどエース・オブ・ザ・ブリッツをかまさなければ。
合計ダメージは500万を超える勢いだ。
「なんだ!?」
北川の叫びとともに、奴の体が煙に包まれる。じいさんになる訳ではない。煙が晴れると、北川は頭にアンテナをつけた猫になっていた。
長靴を履いた猫ではない。
「ねこ〜ねこ〜」
弾みで抱きついたはずの名雪は、欲望の赴くまま北川の身体を弄ぶ。涙と鼻水が、猫な奴の体にべったりとついた。
「な、何故、こんなことに!」
困惑と悲しさと嬉しさを混ぜこぜた声で、北川は叫ぶ。ロボは停止中だ。
北川は知らなかったのだ、このネタを。
「北川、知らなかったのか?お前は抱き着かれると猫になる体質なのだ」
「そんな馬鹿な!」
「ネタが最近だからな。チェックを怠ったのがお前の敗因だ」
そう言って、俺は奴に背を向ける。今日は俺も秋子さんと甘い日々を過ごさねばならないのだ。
「今ならまだTV放映もしている。勉強するんだな」
「ア、水瀬、そんなこ所。駄目、駄目、あ〜〜〜!」
北川の喘ぎを聞きながら、今まで誰にも抱きつかれたことが無かったのであろう、やつの青春を思い、俺は鼻をすすった。
多分、俺は風邪を引いた。