ポテト大増殖
 

無心に床を磨く。モップでただひたすら。
  
ごしごし。
 
客も大して来ないのに、何故こんなに一生懸命掃除しなければならないのか。永遠の謎だが、外の灼熱地獄に放り出されるよりはましだ。
 ごしごし、きゅっきゅっきゅ〜、たん、きゅっきゅっきゅ。
リズムをつけつつ、無心でモップを動かす。
 
俺の名は国崎往人。年齢不詳、国籍なし、最終学歴なしのナイスガイだ。

出生届も出ているんだがいないんだか、この国的には生まれていないことになっているかもしれない。
 
きゅ〜ったんきゅったんきゅっきゅったん。
 
保険証を持っていないので、病気になったらとても困る。まぁ、ここにいたってはその心配は無いだろう。
 
何故ならここは、その病院なのだ。霧島診療所、またの名を居候2号宅
 
多少小振りだが、この田舎村においてクーラーを持つというナイスなプレイスだ。
 
ここで俺は、ひたすら床を磨きつづけるという奇妙な仕事をしている。
 
きゅっきゅっきゅ、たたたん、たたたかたかたん。
 
リズムは重要だ。
住人は俺を除いてこの家の大黒柱でB.J級の腕前(俺が思うにメス投げの技能)の霧島聖。
 
魔法大好き飼育委員。B.Jの妹霧島佳乃。そして・・・宇宙生物が一匹。名をポテトという。
 
きゅったたんたったたたんたったたたかたん、きゅったかたん、たかたかたかたかたったかたたたかたん。
 
たたたたたたたかたたたかかん、たたったたかたかたかたかたん。
 
ステップは完璧だ、そしてキメポーズ&セリフ。
 
「オーレ!!」
 
決まった、完璧だ。ブロードウェーダンス2号の完成だ。俺には、オーディエンスの盛大な拍手が聞こえる。まさにスタンディングオベーション。
 
「往人最高、グレート!」「オーイエー、まいっちんぐ!!」ありがとう、みんな。
 
「何をやっている?」
 
びくぅ!その声に、ブロードウェイが時空の彼方に消え去る。このちょっとだけ絶対零度っぽい声は、Ms.B.J女医だ。
 
振り向くと、無表情で腕組をしている霧島聖。何を考えているのか、知りたくもない。
 
診療室から、待合室まで出てきたらしい。いくらなんでも茶を飲むのはまだ早そうだが?ともかく俺は言い訳をする。
 
「決してサボっていたわけじゃないぞ。これは、ミャンマーの奥地にある、掃除を行うための黒ミサだ!」
 
「そんなことより、困ったことになった。見てくれ」
 
俺の必死の弁解も聞かず、診療所のドアを開ける聖。
 
暑いからむやみに開けないで欲しいが、家の外にある光景を見たとたん、俺の頭から熱さなど吹き飛んだ。
 
そこには、俺の視界を埋め尽くすほど大量の白い毛玉、もとい宇宙生物
 
固体名ポテトが、診療所を包囲していだ!!
 
 
 
 
 
「・・・何故、こんなことになった?」
 
俺がブロードウェーダンス改を踊っている間に、世界は大革命を起こしていたらしい。名づけてポテト革命だ。効能、ポテトが増える。
 
「・・・わからん、ただ、佳乃ならあるいは知っているかもしれん」
 
俺たちはとりあえず診療所にこもり、飼育委員の仕事に行った佳乃の帰りを待つことにした。オリジナルポテトも、今日は佳乃についていったのだ。
 
窓に大量の毛玉が張り付いて大変な圧迫感があるが、かまっていられない。相手はポテトだが、やつを侮ってはいけない。
 
いくら何匹か宇宙の外に投げ飛ばしても、3秒で帰ってくるに違いないのだ。
 
まぁ、攻撃力は皆無なので、実害としてはうっとおしいだけだが。
 
「たっだいまぁ〜」
 
元気印な声がして、佳乃が帰ってくる。あの惨状を潜り抜けて来て、何故こんなにハイテンションでいられるのだろうか?理解に苦しむ。
 
「外は、見てきたよな」
 
一応確認しておく。もしかして今日は目隠しで帰って来たかもしれないからだ。
 
俺もやったことがあるが、その時はいつの間にか森の中だった。出るまで3日かかったのだ。
 
それを無傷とは、やるな佳乃!
 
「うん、満員御礼だったよ」
 
「そうか」
 
どうやら、樹海には入らなかったらしい。ならば、こいつが元凶なのか?
 
「どうしてこうなったか、分かるか?」
 
「今の日本と政治腐敗について?」
 
「外の状況だ」
 
俺は、そんな重い問題を議論するつもりは無い。まぁ、家の外を宇宙生物が埋め尽くしているのも、かなりヘビーな問題だが。
 
「知らない」
 
とりあえず、関係ないようだ。では、本命のほうに聞いてみよう。
 
そう思った俺は、待合室の中を見回した。
 
「・・・ポテトはどこだ?」
 
「外にわんさかいるぞ」
 
「オリジナルポテトだ」
 
わんさかポテトの元。普段俺たちが会っているほうを探して、俺は視線をめぐらしたがどこにもいない。
 
「入るときまで一緒にいたんだけどなぁ」
 
・・・どうやら、入るときにはぐれてしまったらしい。
 
窓の外を俺は見たが、あるのは目っぽいものに鼻っぽいもの、そして案外長めの舌、大面積をしめる白いもこもこだけだ。
 
「そもそも、この状況は何なんだ?」
 
「きっと、ポテトの子供だよ」
 
でかすぎるだろう。見分けがつかないぞ。と、言うか、根本的にやつは配合によって増えるのか?
 
もこもこが分裂して増えるというほうがしっくり来る
 
「もしくは彼の友人だ」
 
なぜかこの姉妹は、ポテトを人間のように扱う。確かに、やつがただの犬でないことは俺もひしひしと感じているが。
 
「考えても埒があかん。オリジナルを探すぞ」
 
そういうと、俺はドアを開ける。むせ返るほどの熱気、そしてむせ返るほどの毛玉。
 
ドアを閉める。クーラーって素晴らしい。
 
「ひんやり」
 
ちゃきーん、音が聞こえる。ゴゴゴゴゴという効果音も。
 
振り向けばきっとメスでバラバラにされるので、それ以上何も言わずに外に出た。
 
「・・・ラーメンセット一つ。違う」
 
クーラーに守られていた体が、夏の魔力で焼かれていく。
 
そして、俺を見つめる何千の瞳。
 
外に出て分かったのは、ポテトの数が俺の予想以上だったことだ。
 
多分、この田舎村の人口など比べるまでも無い。
 
ポテト村が形成できそうだ。
 
そしてやつらは、俺の姿を認めると
 
ぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴ
 
こぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこ
 
ぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴ
 
こぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこ。
 
一斉になき出した。
 
不気味だ、人類の危機を痛感させるには、十分な光景だった。
 
「わぁ、かわいい」
 
「マジか?」
 
俺の後を追って出てきた佳乃が、とんでもないことを言い出した。
 
例えばここに並んでいるのがすべてセクシーバディーの不二子でも、俺は同じ感想を持たんぞ。
 
ともかく、やつらに俺をどうしようという意思は無いようだ。ぼけ〜っと座っている。
 
「で、この中からどうやって彼を探すのだ?」
 
同じくでてきた極悪医者。メスは収めている。
 
「おい、佳乃。曲がりなりにも飼い主なら、やつらの中から本物を見つけられないのか?」
 
ただし、やつらが分裂で生まれていなかったらの話だが。
 
「飼い主じゃなくて友達だよ」
 
「それでもいい。お前の友人を見分けられるか?」
 
「うん、できるよ」
 
事も無げに言う佳乃。なぜか目をつぶり、精神を集中させている。両手は前。
 
「・・・まさかお前」
 
「今話し掛けちゃだめ。詠唱の最中なんだから」
 
「魔法かよ」
 
「MPを100も消費する大魔法だから、往人くんはアナログコントローラーでも、ぐりぐりしてて」
 
「ルールーか・・・」
 
残念ながら、手元にコントローラーは無い。代用品を探すか・・・
 
む、いいものを見つけた。
 
「聖、それでぐりぐりさせてくれ」
 
これで?」
 
「ああ、それをぐりぐりすれば、俺もお前も佳乃もギャラリーもハッピー・・・」
 
・・・あえて何をぐりぐりしようとしたとは言わないが、聖の手にメスが4本出現したといえば十分だろう。
 
ぐりぐりをしそこなった俺は、佳乃の呪文完成を大人しく待った。
 
「・・・われは放つ、光のはくじ〜ん!!」
 
5分ほど経って、佳乃の呪文は完成した。音声魔術に詠唱はいらないんだぞ・・・。
 
「ん〜とね、あれ」
 
「絶対今探しただろう、お前」
 
適当っぽく、佳乃は一匹の毛玉を指差した。
 
「間違いないな」
 
「間違いないよぉ、私とポテトはイドで繋がってるんだもん」
 
豆知識:イドとはユングが言い出した人間に共通する普遍的無意識のことである。宇宙毛玉生物が含まれるかは謎。作者はゼノギアスを思い出す。
 
ていうか、魔法じゃなかったのか。佳乃は自らの選んだチョイスポテトを抱き上げる。
 
「お前の知っているポテトは、尻尾が3m以上あるんだな?」
 
俺は佳乃が抱いている宇宙生物を指差した。その尻尾は、びろーんと地に付き、さらに続いている。
 
不気味度は3割増だが、とりあえずはずれだろう。
 
「ははははは〜」
 
乾いた笑い。
 
「超武技光剄!!」
 
多段蹴りの後の踵落としがロングテールポテトに決まる。この技を使うのも久しぶりだ。
 
危うく逃れた佳乃が、腰を抜かしている。
 
首にメスが当てられた。
 
「妹を泣かすと、殺すぞ」
 
「ちょっとしたジョークだ」
 
「・・・」
 
沈黙の後、メスが退く。改めて見回してみると、ポテトたちには微妙に差異があった。
 
舌が異常に長かったり、口がバッテンだったりするのだ。中には耳が猫だったりウサギだったりするものもいる。
 
こんな簡単なコンバーチブルで他のものになれるなんて、そこらへんのプラモデルよりできがいいぞ。
 
見かけは同じでも「PIKO、PIKO」と、某会社のようにないたり
 
「ぴこちゅー」なんて危ないなきかたをするものもいた。
 
やがて、セミの声が混じりだす。
 
みーんみんみん、ぴこぴこぴこ、みーんみんぴこ、みーんぴこみーんぴこぴこぴこぴこ、ぴーこみーんぴーこおすぎピーコ、みーんぽこぴこみーんぴこぴこ、みーんぴこぴこぴこちゅー、じーじーじーぴーこぴーこぴーこ、つくつくおーしぴこぴこぴーこ、ぴーこみーんケロピーこー、だおーあうーうぐぅ・・・。
 
セミだけじゃないかもしれない。知れないが、ともかく俺の意識は遠ざかった。
 
 
 
 
「往人くん?ゆ〜き〜と〜く〜ん。・・・やっちゃうぞ
 
その声で、俺は覚醒した。周りを見渡す、霧島診療所の待合室だ。眠っていたのか、俺は?
 
そうか、あれは夢だったんだ、ありがちな夢オチだったんだ。
 
窓の外を見たが、毛玉など見えもしなかった。
 
ほっと胸をなでおろす。
 
そして、自分の位置を再確認。
 
俺はモップを持ってここに立っている。
 
寝るには不自然な姿勢だが、極悪田舎女医にこき使われ、よっぽど疲れていたんだろうと納得する。
 
「もう、ポテトの子供が見たいねって話したら、急にぼ〜っとしちゃうんだもん」
 
目の前には佳乃。そう、俺はさっきまで話をしていたはずだ。
 
・・・まさか、認めたくないが、妄想オチ!?
 
ああ、最近領域が拡大してきたから、それだけはすまいと思ってたのに・・・。
 
落ち込んでいる俺に、後ろからしのび寄る陰。
 
「何の話だ?」
 
俺の妄想では、いまいち影の薄かったB.J先生だ。
 
「あのね、往人くんと、子供が欲しいねって話をしてたんだよ」
 
「ほう」
 
なんか、微妙にニュアンスが違う気がする。
 
「往人くんは、子供は欲しくないけど作り方は興味あるんだって
 
ああ、やつがどうやって配合していくのかな。分裂説も、俺の中では有力だが。
 
「・・・ほう」
 
なんか間ができた、白衣の下からメスものぞいている。よく分からないが、誤解を解いておいたほうがよさそうだ。
 
「製造過程に興味があるのは事実だ」
 
分裂だとしたら、ぜひ見てみたい。
 
「・・・・・・・ほう」
 
「増えすぎはよくないから、俺も対策を講じるよう努力はしてみる。若い情熱をどこまで止められるかわからんが
 
ポテトも生物だ。リビドーもしくは性衝動が溢れ出すこともあろう。
 
「なんと言っても人類の神秘だからな。俺としては未知の生殖方法たくさん見てみたい」
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほう
 
なんか、怒っているオーラだ。楽しそうな話でのけものにされたとでも思っているのだろうか?
 
ふ、かわいいやつめ。
 
「安心しろ、今度お前にも詳しく教えてやる」
 
「てめえぇぇ、死んねぇぇぇ!!」
 
メスが両手に4本づつ、合計8本。口にもくわえていたかもしれない。久しぶりに江戸っ子聖を俺は見ることになった。
 
そして、自ら半死半生にして、自ら治すという、B.Jのようなことまでされた・・・。
 
 
 


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