朝。

目覚ましによって、起きる。

強制的に起こされる。

首を布団の中から出してみる。

寒い…。

余りの寒さに強制イベント的に布団の中に潜り込みそうになる。

が、この家には既に寝ぼけキャラがいる。

筋金入りでモノホンのやつが。

キャラかぶりは良くない。

この時勢、主人公とはいえ、いつリストラされるか分からないのだ。

アニメ化したと同時に女子しか登場しなくなった作品など、世の中にはいくつもある。

「身も心も寒いぞ…」

朝から自分の思考にブルーになる。

救いようも無いのでとっとと起きることにしよう…。

「名雪〜…」

部屋のドアをノック…。

すると見せかけて寸前で拳の軌道を変更し、ドアを開け放つ。

かなり豪快な音がしたが、名雪はまったく起きていない。

そもそもこんな音で起きているのなら、今部屋中で響いている目覚ましの音でとっくに起きているはずだ。

「くー…」

名雪は呆れるほど健やかに寝ていらっしゃりやがる。

睡眠時間は7時間がベスト。

それ以下だと世界の崩壊を招き、それ以上だと二次元の崩壊を招くらしい。

俺としては後者の方が大問題なので、とっとと起こすことにしよう。

「なーゆーきー…」

ごそごそごそごそ。

 

で、無事名雪は起きた。

しかし、今日の手段は犯罪スレスレ。

まぁ、あまりに恥辱にまみれた方法なので、名雪も公の場に訴えることはできまい。

「うー、祐一ひどいよー。 鬼畜だよー」

「男はみんなエルクゥであり、搾り取られるだけの家畜でもあるのだ」

「うー、訳分からないよ」

「ならば気にするな。 それが人生だ」

「あら、深いことをおっしゃりますね、祐一さん」

「あ、秋子さん。 おはようございます」

階段を降りてきた俺と名雪を、笑顔の秋子さんが迎えた。

「はい、おはようございます」

「うー、おはよう、お母さん」

「おはよう、名雪…あら?」

名雪に挨拶を返そうとした秋子さんが、娘の異変に気づきその顔を見る。

「どうしたの? 鼻から練りわさびが出てるわよ」

「お、お母さん。 なんでもないんだお」

恥辱の痕跡を母親に発見されて慌てる娘。

うむ、これもこの種のプゥレイの醍醐味というものだな。

と、俺が感慨に浸っていると、バタバタという情緒のない音が響いた。

「あははー、祐一今頃起きたの? 真琴なんて30分も前に起きたんだから」

「どーせ腹が減って早めに起きただけだろ」

「あ、あうー…」

図星だったらしい。

一気に勢いがなくなる真琴。

しかし、その後ろからさらに慌しい音が響く。

「祐一くーーーん!」

空気の壁を突き破る勢いのそれを、俺は反射神経でかわす。

結果、奴は俺の後ろにあった階段に足を取られ、そのまま転倒した。

「うぐぅ、祐一君、ひどいよぉ…」

アゴを押さえながら、あゆがうめき声をもらす。

どうやらぶつけたのはそこらしい。

某賭博黙示録の人なみにアゴが長いからな、あゆは。

「うぐー! ボクのアゴは普通の人より慎ましやかだもん!」

「おー、いまの激突で、アゴが二つに割れてるぞ」

「えっ、嘘!?」

「…だったら良かったのになぁ。 それでお前も立派なアゴ軍曹だったものを」

まさにインマイドリーム。

あゆのアゴは俺が避けるたびにどこかにぶつけられ、その都度強化、逞しくなっていくのだ。

最終形態は腰まで伸びたケツアゴがパニッシャーばりに変形し、その割れ目から環境破壊光線を発射できるようになる。

うむ、なんと悪辣な奴だ。

こちらとしても避け甲斐があるな。

「うぐぅーー!」

あゆと真琴は、いつの間にかうちに住み着いていた。

俺はまったくのノータッチ。

あゆはやたら朝食に呼ばれるしお泊りもしていくなと思ったら、いつの間にか住民票がこの家に移っていたし、うちの学校に転校もしてきた。

…転校も何も、元々学校には通っていなかったわけだが。

真琴はいつの間にか戸籍を獲得していた。

20になったら選挙権も手に入るらしい。

畜生なのに良いのか?

人間にすら戸籍がない奴がいるというのに。

そういう人間のものを使っているのかもしれない。

全てはゴッドマザー秋子さんの力である。

実は彼女はオルフェノクで、スマートブレインにでも所属しているのではないだろうか?

「どうかしましたか? 祐一さん」

「いや…」

「朝食ならもう出来ていますよ」

「あ、はい」

「うー、イチゴジャムを食べて口直ししなきゃー…」

「鼻直しだろ」

「はいはい、ちゃんとイチゴジャムもありますよ」

「ええと、もしかしてほかにもジャムがあったりします?」

「はい、甘くないジャムが一つ」

彼女がオルフェノクだとしたら、きっとジャムフェノクだ…。

 

朝食。

「ジャムー…。 イチゴジャムー…。 くー…」

名雪のやつは、再度夢の世界へゴーバックだ。

俺の朝からの労力を返せ。

慰謝料を請求する代わりに、名雪が塗っているイチゴジャムを、隣にあったオレンジ色のジャムとすりかえる。

線の目ではそれに気づくはずもなく、名雪はそれを塗って口の中に入れた。

「くー……」

「ぬっ、素か」

謎ジャムイチゴジャムミックスを寝ぼけ顔のままで普通に頬張る名雪。

イチゴさえ混ざっていれば謎ジャムをもものともしないとは、俺はここに一人のもののふを見た。

「くー………くっ」

ばたん。

と、思っていたら、急に寝息が苦しそうな呻きに変わり、名雪はそのまま机に突っ伏した。

「あら、ダメよ名雪。 せっかく祐一さんに起こしてもらったのに」

秋子さんは俺が再度奴を寝かせてしまったことに気づいていないらしい。

ある意味寝かせたのは秋子さんか。

「祐一君。 その目玉焼きはボクが作ったんだよ!」

「ほう、この石炭はお前が精製したのか」

あゆが指す先には真っ黒い塊。

うむ、良い燃料になりそうだ。

列車でも余裕で動かせそうだな。

「うぐぅ、今日はたまたま失敗しちゃったんだよぉ」

秋子さんの看病時然り、公式では、作り方を知らないだけでちゃんと作れば大丈夫という設定なのだが。

こんなネタSSでは、素敵な物体を作れる技能のほうが重要視されるようだ。

「ねーねー祐一ぃ」

先に朝食を終えてしまい暇になったのか。

真琴が座っている俺の横に立ち、服を引っ張る。

「何だよ、真琴」

「制服にあうー?」

渋々隣を見た俺の前で、くるりと回って見せる。

裾が短い上にひらひらと舞うとは…。

うちの制服って凄いよな、本当。

「お前、それ三日前にも聞かれたぞ」

俺は平常心を保ちつつ、朝食に戻る。

真琴とあゆは、少し前から学校に通い始めた。

真琴の奴なんかはやたら浮かれていて、いまだに俺に制服の感想を聞く。

…ちなみに今が何月何日かなどという不粋な質問をしてはいけない。

サザエさん時空は今、貴方の隣にも存在しているかもしれないのだ。

それらしいことを言ってみたが、ごまかせていない気もする。

「あうー、いいじゃない。 減るもんじゃないんだし…」

「良いか、しゃべると酸素が消費され、その度に限りある森林資源達が一生懸命光合成をせねばならなくなるのだ。 そもそもここが遭難した宇宙船で酸素供給装置が壊れた状態だったらどうする?  息を詰めて酸素の消費を最小限にするのが常識だろう」

「違うわ。 ラブシーンでイチャイチャするのが常識よぅ」

「…ここはお前のほうがしゃべりすぎだとつっこむ所だろうが」

畜生に対してツッコミ待ちなんてした俺が馬鹿だった。

「で、どうなのよぅ。 真琴の制服姿は」

「しつこい。 それよりそろそろ天野が来る頃じゃないのか?」

「あははー、さては照れてるんでしょ」

「んな訳あるか。 何回も同じボケをするから良い返しが浮かばなくなったんだよ」

「ネタ切れなんて情けないわねー。 もーろくしたんじゃない?」

「お前なんてもうろくする脳味噌すらないだろうが」

「あうーっ! 祐一のロリコン獣か『ピンポーン!』マニア!!」

真琴が何事か不穏当な発言をしたが、それはチャイムの音にかき消されたのでセーフだ。

ちなみにちょろ出た前半より、完全にチャイムに隠れた後半のほうが問題発言。

「お、来たか」

「あーうー! あうぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

とりあえずこの確実に削除決定の発言をした真琴に、肩幅より頬幅が広くなるぐらい頬っぺたを引っ張るという制裁を加えつつ、俺は玄関を見た。

秋子さんが玄関の訪問者を確認しに行く。

まぁ、誰かは分かってるんだけどな。

「あら、おはようございます。 天野さん」

「はい、おはようございます」

やっぱりだ。 この落ち着いた、というより若々しさの欠片もない声は…。

「なにやら失礼なことを言っていませんか? それはともかく、おはようございます相沢さん」

「いや、思っていただけだが。 それはともかく、おはようございますだぞ、天野」

早々に心が読まれた。

「大体からして、そんな風に聞こえるのは相沢さんが私に偏見を持っているからでしょう」

「まぁたしかに、坂本真綾自体はおばさん臭くないからな」

「声優の話などどうでも良いのです」

朝から不機嫌だな、天野。

仕方がない。 さらっとフォローだ。

「今日も制服が似合ってるぞ、天野」

爽やかな笑顔と共にシュビッ親指を立ててやる。

「…何をいまさら言い出すんですか」

「あうぅぅぅぅ」

俺が親指を立てるために頬を開放された真琴が、涙目で頬をさすっている。

「おかしいなぁ、真琴ならこれで3日は大丈夫なんだが」

「やはり冗談でしたか。 …本気にしないで正解でした」

後半はつぶやくようにいう天野。

それをつっこんでやろうと思ったが。

ピンポーン。

再びチャイムが鳴り、それを待っておりましたとばかりに秋子さんが迎える。

「おはようございますー」

「…おはよう、ございます」

天野と同等の上品さを兼ね備えながら、やたら間の抜けた感じの挨拶と、天野と同様なテンションの低さを持ちながら、決して陰気には聞こえない声。

「それはつまり、私がおばさん臭く、なおかつ陰気だといっているのでしょうか?」

「上品かつしっかりしているととらえろ。 世の中ポジティブシンキングだ」

言っている間に、さらに玄関で声が。

「おはようございまーす」

「おはようございます」

と、これは、美坂姉妹のような声が聞こえる。

「そこはボケないのですか?」

「いい加減飽きたしな」

第一、挨拶の仕方なんぞで書き分けられるかって言うの。

で、それぞれがゾロゾロと家の中に入ってくる。

「おはよう、みんな」

言うと、4人全員が口々に挨拶を返す。

俺はコーヒーを飲み込んで、席を立った。

「それじゃ、行こうか」

「うん」

「はい」

「行くわよぅ」

「はい、行きましょうねー」

「はちみつくまさん」

「行きましょうか」

「学校行くよー…」

「はい、いってらっしゃい」

謎ジャムでダウンした名雪も目を線にしたまま、立ち上がって、俺達は連れ立って学校へ向かった。

「えぅー…こんなの」

何かぶつぶつと呟いている、一人を残して。

 

 

「こんなのおかしいです」

昼。

一緒に飯を食べていた栞が、突然そんなことを言い出した。

いくらなんでも唐突過ぎるだろう。

こいつにはもっと前フリとか伏線とかを勉強させたほうがいいと思う。

「…何が?」

「この状況です!」

そう言うと、バッと手を広げて俺、そして周りの一団を睨むように見回す。

俺たちは何も二人きりで飯を食っていたわけではない。

最近じゃそんなこと、恐ろしくて出来やしないしな。

「何ですかこの人数は!?」

「いや、何といわれてもな」

「点呼を取ります、点呼を! はい、1!」

そう叫ぶと、自ら手を上げる栞。

「あははーっ、2ですねー」

ノリが良い佐祐理さんがそれに続く。

「ハァ…3よ」

姉として放っておけないのか、香里も渋々といった感じで手を上げる。

「4です」

続いて天野。

「はぐ、はぐはぐはぐ…」

「ほら、真琴。 乗ってあげないと栞さんが可愛そうな人になってしまいますから」

そう言って、食うのに夢中な真琴の手を上げさせる天野。

さっきの行為は同情だったらしい。

「あうー、5」

言い終えると、また食うことに没頭し始める。

「みまみま…6…みまみまみま」

同じく、食べながら舞。

「7だおー…」

名雪。 眼が線になっているところを見ると寝惚けながららしい。

だんだんと芸が増えてるな。

「あ、あ、ボクは8だよ!8!」

欠食童子の中、食うのに夢中で乗り遅れたあゆが、どんくさくも名乗りを上げる。

「俺で9と」

まぁ、ここまで続いているので俺も乗ってみる。

「んじゃ、10Getは俺、北…」

「もう一度言います! 何ですかこの人数は!!」

非情にも名乗りを上げようとした所で栞の進行にさえぎられる北川。

は、まぁいいか。

「賑やかで良いじゃないか」

栞の意図も分からないまま、俺はその言葉に応える。

秋子さんの受け売り精神だが、最近はまぁそれも良いかなんて…。

「って、あれ? みんなどうした?」

周りが急にシンとなり、俺は女子らの顔を見る。

「まぁ、祐一さんはそういう方ですからねー」

「鈍感って言うか、鈍いって言うか、ひたすら鈍いって言うか…」

「そうだよねー」

「そうだおー」

と思ったら急に姦しくなったり。

気のせいか、俺が罵られている気がする。

「何ですかこの状況は!?」

「だから、お前は何が言いたいんだ?」

「何ですか、こんなやたら女の子に囲まれて、ハーレムですか、祐一さんは王様ですか!? この教室は何王国の何番地ですか!!」

「囲いに来てる女子が言うセリフじゃないわね…」

厳しい姉のツッコミ。

「あうー」

…真琴を見て「ユウイチさんの動物王国」とか思いついたが、今言うと姉妹両方から貶されそうなのでやめておこう。

「この関係がおかしいって言ってるんです! 普通なら真琴さんは密かに山に消えてるし、川澄さんは夜な夜な暴れてるだけのはずだし、名雪さんはだおーだし、あゆさんは私を救うために天に召されているはずです!」

「…お前が助かるのはデフォルトなんだな」

「それより、そんな設定の話など持ち出せることを、疑問に持ったほうが良いと思いますが」

「みんな理解してるから無問題だ」

「うぐぅ?」

「理解してない人間がいるじゃない」

「くー」

「あははーっ。 話すら聞いてない人もいますよー」

「スルーの方向だ。 そういうやつは発言が減るだけだから問題ない」

三人から次々とツッコミが入るが、とりあえず流す。

これ以上栞を放置すると、何をしでかすか分からない。

「つまりお前は、このみんなが無事に弁当を食べている状況が納得いかないと」

「そ、そうです! 何ですかこの無茶な状況は!? 」

栞は一瞬うれしそうな顔をしたが、すぐに怒りモードにチェンジした。

「無茶って言われてもなぁ」

「ラブコメという代物は、基本的にそういった受け手のダメージになる現象は省いて作るようにできているんですよ…」

ずずぅっとお茶をすすりながら天野。

なんで女子のこいつが、ラブコメに一過言など持ってるんだろうか?

「…いいじゃないか。 ユーザーライクで」

「急にへたれたわね」

「自分の所為で女の子が不幸になるとかいやですもんねー」

続いて先ほどよりきついツッコミを入れる、ツッコミ三連星。

ぐ、形勢が不利だ。

「こういうのって仕方の無いことだと思わないか、北川!!」

同じ男であり、さっきからまともな発言の無い北川に振ってみる。

「はっはっは、俺はただのモテない脇役ですから、主人公様の羨ましい悩みなど理解できましぇーん」

どこから出したのか、扇子で自分を扇ぎながらニヤニヤと笑う北川。

ちきしょう、なんと下僕甲斐の無いやつだ。

「まぁ、自分の現状が正しく理解できてるって言うのは良いことよね」

「み、美坂…」

ポロリッ。

が、調子に乗ったところであえなく香里の突っ込みの餌食となり、涙と扇子を落とす羽目になった。

ぬぅ、今宵の香里は血に飢えておる。

「ハァ、分かった…」

「なんですか?」

「納得の行く説明をしてやろう」

「そんなものがあったんですか…」

「うむ、他のSSサイトさんにはこういうのを説明した素晴らしいSSがあるから…」

「リンクを貼ってこのSSは終わりですか。 斬新なSSですね」

天野の皮肉。 こいつも飢えてるな。

…性的に欲求不満か?

愛玩用妖狐マコピックスの服用が足りないらしい。

「あははーっ。 溜め込むのはいけませんねー」

「はちみつくまさん」

俺が決して口にしていない思考に、佐祐理さんと舞が同意する。

うむ、二人がいうと説得力があるな。

それにしても、読心術とは恐るべし…。

「ばっちり口に出していたので安心してください…」

うわっ、天野が思いっきり睨んでる。

「祐一! なんなのよぅ、愛玩用妖狐マコピッ…」

真琴が自分の名前を言おうとして噛みやがった。

「あうー、舌噛んだー…」

「お前、また自分の名前が言えなくなったのか。 欲求不満解消も兼ねて、天野に再調教してもらえ」

「ですから、私は溜まってなどいません」

「女の子が溜まってるとか溜まってないとか言わないほうが良いと思うぞ」

「そ、それは相沢さんが…」

「えうー…。 祐一さん、私これ以上放置されると、この手に持ったカッターナイフで何をするか分かりませんよ」

俺が天野弄りに精を出していると、栞が恨めしそうな声を出した。

いっせいにみんなが黙ったので、チキチキとカッターナイフが伸びる音がよく聞こえる。

「…しょうがない。 どういうことだか説明してやるから、放課後にもう一回ここに来い」

「今じゃダメなんですか?」

「この話はやたら愛と生命の躍動に満ち溢れた巨大スペクタクルヒューマニズムファンタジーなのだ。 時間がかかる」

「要は嘘じゃないですか」

チキチキと伸ばしたカッターナイフを、自分の手首に添える栞。

「あー、ウソウソウソ! ウソというのはもちろんファンタジーっていったのがウソ! ちゃんとまじめな話をするから!!」

俺が必死で弁解すると、栞はやたらうつろな表情で俺を見たが。

「祐一さんがまじめな話をするなんて信じられません」

そう言って、また目線を静動脈上の刃物に戻す。

「嘘!? 何で俺の信用がそこまで落ちてるの!?」

「さっきまでの自分の行動を思い出してください」

「あーあー、分かった! まじめな話もするけど折々にウィットに富んだアメリカンジョークも織り交ぜるから!とりあえずリストカットだけはやめろ!!」

「…それなら信用します」

そう言って、手に持っていたカッターをしまう栞。

ついでに、持ってきていた重箱弁当もしまう。

「じゃぁ、放課後にまた来ますから、ちゃんと説明してくださいねっ」

「あぁ…」

半ば呆けながら、返事をする俺。

そのまま栞は、教室から出て行ってしまった。

しかし、栞があそこまでやるとは…。

だが、教室の扉が閉じると同時に一言、香里がポツリと漏らした。

「さっきのあの子。 刃が逆だったわよ」

「祐一、してやられた…」

「…にゃろう」

 

 

「さて、今度こそ説明してもらいますよ、祐一さん」

「あー…」

放課後。 栞は約束どおり俺の教室へとやってきた。

栞の顔を見て、連鎖的に昼休みの恥辱を思い出し、ブルーになる俺。

「ほら、祐一さん。 しゃんとしてください」

「俺がバイバイブルー出来ないのは誰の所為だと思ってるんだ…」

「やたらめったら意識がはっきりする薬とかありますけど、使いますか?」

「やたらめったら意識が遠いところに行きそうなので遠慮する」

「そうですか…。 せっかく最近新しい薬を調ご…げふん 調達したのに」

残念そうな栞。 事情を説明する前に俺が廃人になってもいいんだな、お前は。

「ハァ…。 とにかく、まずは3年の教室に行くぞ」

「ここで説明してくれるんじゃないんですか?」

「佐祐理さんに頼んでおいたものがあるんだよ。 それに本人たちの前の方が、説明する俺も楽だしな」

「…分かりました」

そんな訳で俺たちは、連れ立って3年の教室まで向かった。

廊下ですぐ、佐祐理さんと舞を見つける。

佐祐理さんがやたら屈強な黒服のSPに跪かれていたので、発見は容易だった。

普通の学校なら周りの生徒のリアクションがあって然りだが、既にみんな慣れっこなので大した騒ぎにはなっていない。

「今日の受け渡しは鈴村さんなんだー」

「あれ? 速達って岸岡さんの役目じゃなかったっけ?」

「えー、あんた知らないの? 岸岡さんこの間から風邪引いてて休みよー」

「えっ、そうなの!? ショックー…」

「あたしは鈴村さんのほうが好みだけどねー」

遠巻きに見ている女子が、黒服についてやたら詳しい情報のやりとりをかわす。

恐るべし、三年女子…。

だが。

「…あの人たち、鈴村さんと岸岡さんができてるって知ったらどんな顔しますかね」

と、隣でポツリとつぶやく栞。

こっちのほうが数倍怖い。

「あ、祐一さん」

俺に気づいた佐祐理さんと舞が、こちらに歩いてくる。

「よ、悪いな、佐祐理さん。 なんか面倒かけちゃったみたいで」

「いいえー。 佐祐理はたまたま学校に来た黒服さんに、ちょっとお願いをしただけですから」

「大変だったのは黒服さんか」

「…佐祐理も偉い」

まぁ、こんなものをちょっとお願いしただけで運んできてもらえるんだもんな。

「そうだな、佐祐理さんはとてつもなく偉いな。 舞も、こんな時間まで残ってくれてありがとうな」

「ぽんぽこたぬきさん」

「立ち話もなんですから、あそこの生徒会室でお話しましょうか」

「ええと、そんなところ無断で使って良いんですか?」

「あははーっ、大丈夫ですよー。 久瀬さんの許可は頂きましたからー」

佐祐理さんがバスガイドよろしくの手つきで、こっそりと下校しようとしていた久瀬を指した。

久瀬は怯えたようにこちらを振り返り、ギクシャクと頭を縦に振る。

「また久瀬に何かしたのか、佐祐理さん」

「あははーっ、佐祐理はただ、軽くお願いしただけですよー」

「う、う、うわぁああぁぁぁん!!」

佐祐理さんが笑顔でのたまうと、久瀬のほうは何かに耐えかねたように全力で走り去っていった。

「…お願いしただけ?」

栞がポツリと呟くが。

「あははーっ、ではお話をしましょうねー」

佐祐理さんは笑顔で生徒会室に入っていってしまった。

それに舞も続き、結局俺たちも無言で生徒会室に入った。

 

 

「ではまずこちらの資料をどうぞ」

「おぉ、これが」

「はい。 Kanonの正規シナリオにおける、祐一さんの全行動です」

「って、なんですかこのむちゃくちゃな資料は!?」

手の中のものを見て、叫びを上げる栞。

「…元ネタ」

「いや、それは分かってるんですけどね」

お前だって、さっきから散々元ネタの話をしてただろうが…。

「まぁ、その辺りのことは作者に都合が悪いので放置しましょうねー」

って、おい。

まぁ、要は倉田家の財力は世界一ぃ! と…。

これもなんだか間違っている気はするが。

「…それにしても、これって単独で見ると、すばらしいストーリーですけど」

特に私のシナリオは。

と、補足を入れつつ、栞が俺を見る。

「何だ?」

「これを全部こなしたって考えると、やった祐一さんはアレですよね」

「何が言いたいのか分からんな」

「…まぁ、祐一さんが鬼畜であろうが、ジゴロであろうが、ダメ人間であろうが今回は流しましょう」

「はい、今回の話題は祐一さんの屑さんぶりを検証しに来たわけではないので、流してくださいねー」

「祐一、お猿さん…」

「頼むから早く本題に移ってくれ」

胃に穴が開きそうだ。

「では聞きましょう。 どうしてこんな無茶なスケジュールが実行できたんですか!?」

「それはだな…」

ちらりと佐祐理さんと舞を見る。

二人とも了承の頷き。

了承速度0.05秒。

二人とも、人の芸をぱくるのは良くないぞ。

本家の平均了承速度0.001秒にはまだ及ばないが。

いまだに記録が伸びてるからな。

…年齢による限界とか、そういうことは一切考えてないぞ。

「まず、舞編だが」

「はい」

「俺が忙しいときは、佐祐理さんが代わりを務めた」

「なんですかそれ!?」

「大変だったそうだぞ。 魔物に襲われて入院したと見せかけて、すぐ報復措置をとったり」

「あははーっ、殺られたり殺ったり大変でしたー」

「ものすごい一人上手じゃないですか!」

「というか、舞編は佐祐理さんが攻略したようなものだな」

「…祐一さんは何をしたんですか?」

「俺がやったのは…、そうだな、まぁ、アレぐらいだな」

「あははーっ、アレですねー」

「…アレ」

顔を赤くしてつぶやく舞。

「ア、アレって何ですか!?」

「公共の場で言えるか、そんなもの」

「…傷を」

「それが答えじゃないですか!」

あの選択肢が出てくるやつな。

女の娘である佐祐理さんじゃ、傷は与えられないし、当然の役割であろう。

「まぁ、そんな訳で、舞編に関しては栞の疑問も消えたと思う」

「…フラグを立てれば攻略できたって言う考えは、どうかと思います」

「良いのだ。 現に俺たちはラブしあっている仲なんだから」

「…祐一のこと、嫌いじゃない」

「それが一緒に奇跡を起こした女の子に聞かせるセリフですか!?」

「男の人は幾つも愛を持っているのだ」

うむ、名言だな。

「えうー、私への愛が全然無いじゃないですかー」

「いちいち細かいぞ、栞。 さて、まだ他の奴の話も聞くか?」

「聞きます。 もうこうなったらヤケです! 祐一さんが面白おかしくなる薬は、すべてを聞いた後に使います!!」

そう言って、かばんの中から謎の液体を取り出す栞。

面白く…といっても、秒単位で世界を震撼させる笑いが考え付くとか言うすばらしい秘薬ではないのだろう。

俺は笑われる芸人ではなく笑わせる芸人になりたい人間なので、かなり遠慮したい。

「大丈夫だ。 この話を最後まで聞けば、お前だって俺のした事についてきっと納得する」

「全員を助けるためだといわれても、私は納得しませんけどね」

「細かい上に狭量な奴め。 まぁ良い。 とりあえずありがとうな、舞、佐祐理さん」

「…日曜に牛丼」

「おぉ、分かったよ。 ついでに俺の愛と夢も汁だくで追加してやるから」

「祐一の汁だく、嫌いじゃない」

「あははーっ、佐祐理はむしろ祐一さん本体を汁…」

「だから! 私というステディーがいる前でいちゃつかないでください!」

俺と舞のスイートタイムにいちいち茶々を入れる栞。

佐祐理さんがせっかくボケようとしたのに。

まぁ、なんか佐祐理さん本来の清楚さとかをかなぐり捨てたような発言っぽいし。

「あははー……」

暗く笑っている佐祐理さんが、何事かしでかしてしまう前に…。

「は、早く次の人のところに案内してください、祐一さん」

「うむ。 じゃぁ次は真琴と天野だ! うちに行くぞ!」

俺たちは逃げるように部屋を飛び出した。

 

 

「そういえば」

家…とは言っても居候の身だが、水瀬家の玄関までついたところで、栞が声を上げた。

「川澄先輩が好意的なのは納得は出来ませんが良しとします」

「おう」

「でも、なんで倉田先輩までフラグが立ってるんですか? あんな祐一さんの鬼畜大作戦に協力までして」

「佐祐理さんフラグを立てたからに決まっておろうが」

「えうー、やっぱり立ててたんですかー。 …まぁあの人、簡単に堕ちるみたいですしね」

手元のフラグ進行表をぺらぺらと振りながら、栞はつぶやいた。

その行動にはヒロインならではの優越感が感じられ、純情な祐一少年は少し萎えてしまうのであった、まる。

「うむ。昼食時に呼び方を変えてくれーって話をしたら、なんかいろいろ思い出したらしくて回想モードに入ったからな」

「そこにつけこんでフラグを立てたと」

「何を言う、そんなやっつけ仕事ではないぞ」

「さっきのは思いっきりやっつけ仕事だったじゃないですか」

「佐祐理さんにはしっかりアレなシーンの追加もあったんだぞ」

「って、またアレですか!?」

「おう、追加シーンでユーザーも大喜び、俺も大満足、佐祐理さんなんか大喜びで大満足だ」

言いながら、玄関を開ける。

「Kanonのアレなシーンが実用的なわけないじゃないですか。 おじゃまします」

玄関を手で押さえて栞を先に家に入れてから、俺も中に入る。

「甘いな。 画面に映っていないときの俺は、アレなシーンにおいて通常の五倍の性能を発揮するのだ」

「えうー。 そんな無駄な強化する人嫌いです」

靴を脱ぎ、そのまま階段を上がって、とりあえず自分の部屋の前へ。

そのドアだけを開けて、部屋の中に鞄を放り込む。

「さて、とりあえず真琴の部屋に行くぞ。 どうせ天野もいるだろ。 毎日入り浸ってるしな」

「そうなんですか?」

「二人で別々にマンガとおばさん臭い小説読んでる」

「なんにでもおばさん臭いとつけるのはやめてください。 私が読んでいるのは、そんな枕詞のつくようなものではありません」

と、俺が閉めようとしたドアから、にゅるっと人が這い出る。

「うわあぁぁぁあぁ!!」

思わず悲鳴を上げる俺。

「な、なんですか、祐一さん! こっちが逆にびっくりしますよ!」

「いや、予想だにしない場所から声がしたもんだから、思わずな」

ちなみに、その予想だにしないところから声を出した本人は、驚きで固まっている。

「で、何だって天野が俺の部屋から出てくる?」

「コホン。  真琴が読みたい本が相沢さんの部屋にあったそうです」

「で、その真琴は?」

「先ほど相沢さんが投げた鞄が直撃して、悶絶しています」

扉を開けてみると、確かに後頭部を押さえてあうあう唸っている真琴がいた。

「お前なー。 勝手に部屋の中入るなって言ってるだろ」

「あうー…、だからってこんなの投げることないでしょー」

「それは不可抗力だ」

「そう言う割には、やたらと狙いが正確な上に勢いがありましたね」

「俺は将来銭形平次の後をついで、鞄型平次に就職するつもりだからな。 鍛錬は欠かさんのだ」

「何ですか、そのごろが悪い上に需要も無さそうな職業は。 将来奥さんになる身としては、ものすごく不安なんですけど」

「私もそういうことを聞いたつもりは無いですが…。 まぁ妻に誰がなるかは別として」

「…!! ちょ、ちょっと祐一さん!」

天野のセリフを聞いて、栞が俺に手招きをする。

ジャンプ。

俺の首に腕を絡ませ、強引に自分の方へ引き寄せた。

俺はしかたなく中腰になって、栞に顔を近づける。

「あ、天野さん。 ちょっとまってくださいね」

その状態で天野に一言断って、ヒソヒソと俺に話しかけてくる。

「何ですか今のセリフ!? 思いっきりフラグが立ってるじゃないですか!」

訂正。 もろ聞こえの大声だ。

「あー、ほら、一時期真琴が消えた時期があっただろ」

「だろって言われても、私復活した真琴さんとしかあってませんし」

「で、ほら、なんていうか。 その時にあれだ。無くなった空白を埋める行為というか…。 ほら、お前も大人だし、察してくれ」

「無理です!」

「まぁ、栞みたいなぺたには無理か…」

「えうー、ぺたん子とか言う人嫌いです」

栞とは違う、豊満な体のお姉さんは察してくれ。

「そう、俺達は互いの傷を擦りあい、そしてまた深く傷ついていった。 それでも俺達は、求め合うことしか出来なかったのだ! しかし、その摩擦は新たな熱を生み出し、やがて二人は…」

「求めるのはそのとき一緒にハッピーエンドを迎えてた私にしてください!」

ぺただから嫌だ。

というのはやめておこう。

…天野だってそんなに変わらないしな。

「大変なのはその後だな。 真琴の奴、よりによってアレの最中…、しかも物凄いアレの最中に還って来たもんだから」

「って、またアレですか! しかも物凄いって!?」

「思えば、アレが初修羅場だったな…」

「今じゃぁ修羅場が日常ですもんね…」

呆れたようにつぶやく栞。

お前だって、その一端は担ってるんだぞ。

「修羅場ですか…。 それにしては、二人とも仲が良いですよね」

「ん? あぁ…、真琴は復活前のこと、微かに覚えてたみたいでな」

「あっ、それはちょっとロマンチックですね!」

「つってもなぁ、最初に天野と会ったときの状況が状況だったから、感覚とかしか覚えてなかったみたいで…」

「ましてや、還ってきた時も状況が状況ですもんね。 どうしたんですか?」

言って良いのだろうか。

まぁ、栞が聞きたいって言ってきたんだし。

ここは正直に…。

「躰から思い出させた」

「何ですか、その淫靡さをかもしだす言い方は!?」

「まぁ、お前が受け取ったニュアンス通りの意味だ」

「と、いうことは、またアレですか!?」

「うむ、アレだ。 栞もだんだん分かってきたな」

「えうー、祐一さんが無理やり分かるようにさせたんじゃないですか…」

「その言い方もエロっぽくて素敵だぞ」

「そんなことで褒められてもうれしくありません」

「そもそも、真琴編も攻略したのは、ほぼ美汐だし」

「な、なんでさりげなく呼び方を変えてるんですか!?」

「さすがに直接は手出ししなかったんだがな」

ちらりと、放置をしっぱなしの天野のみっしーの方を見る。

…既に真琴と読書を再開していた。

まぁ、あれだけ長いこと話してれば当然か…。

「本を読むときも、俺が読んでると見せかけてベッドの下に潜んでいた天野が読んでたし」

「腹話術ですか!? ていうかなんで家に!?」

「紙飛行機ももちろん天野のお手製」

「正直な話、そのぐらい折ってあげて下さい…」

「俺がしたのはアレぐらい」

「いい加減しつこいですってば」

「と、まぁこんな感じなんだが、他に何か質問はあるか?」

「結局一番好きなのは私ですよね?」

「ありふれた優しさは恋のように花のように移ろい、君を遠ざけるだけであるが故、その質問には答えられない」

「…その心は?」

「男の人っていくつも愛を持っているのよ」

「さっきも言いましたよね、そのセリフ?」

「至言だ。 致し方なかろう」

とりあえず、栞にはもう聞きたいことが無いようなので、真琴たちのほうを見る。

「そんなわけだ」

「あうーっ、どういうわけなのよぅ!」

お約束のリアクションを返す真琴の肩に、天野がそっと手を置く。

「真琴。 相沢さんの言動をいちいち気にしていてもしょうがありません」

「それもそーね」

「って、おい」

天野の言葉に、真琴があっさりと同意する。

「それで、用事は済んだのですか?」

「ん、あぁ、ばっちり済んだぞ。 協力感謝する」

「一応言っておきますが、私たちは何もしてませんよ」

「いや、そこにいるだけで話の臨場感が違った。 食卓に置かれた梅干みたいなもんだな。 それを見て出てくる唾だけで、飯が何杯もいける感じだ」

うむ、なんか梅干という例えも天野にマッチしているな。

「それもおばさん臭いという意味ですか?」

「地の文に突っ込んだのでペナルティー1。 よっていまの質問は却下」

「口に出していましたが…」

「んじゃ、次はあゆだな。 行くぞ、栞」

「あっ、はい。 でもいいんですか?」

「何が。 質問があるなら今言えよ」

とりあえず俺の部屋を去ろうとすると、栞が引き止める。

はて、俺にはここにとどまる理由はないのだが。

「真琴さんたちが読んでるマンガって、思いっきり成人指定の奴なんですけど…」

「…」

だっだっだっだっだ。

スキル、ぶんどる発動。

「あうーっ、まだ読みかけなのに何するのよぅ!」

「うるさい! お前は人の部屋で何を読んどるんだ!」

「あうーっ、祐一の部屋にしかないじゃない」

「あうあう言うな! つーかせっかくベッドの下の参考書の奥に隠して置いたのに!!」

「隠し場所が中学生並ですね」

「天野も止めろよ!」

「その、こういった種類の本は初めて読みました」

「お前も読んでんのか!?」

天野がぴらりと読んでいるものの表紙を見せる。

ぐ、俺愛用の表紙が赤い本ではありませんか!

「ええと、制服ものに人妻に女教師に触手にウサ耳イヌ耳ネコ耳……その他諸々をあわせて祐一さんの性癖を割り出すと…」

「お前まで何を勝手に分析してるんだ!」

俺は勝手にベッドの下を漁りだした栞の足を持って、強引に引きずり出す。

「ずばり祐一さんは節操無しですね!」

床に転がった冷凍マグロな姿勢で、栞がびしりと俺に指差す。

「余計なお世話だ」

このとき俺は、この本達の隠し場所をタンスの奥に変更することを心に決めた。

 

 

「次はあゆさんでしたっけ?」

「あぁ、あいつこそ部屋にいると信じよう」

「ほかに見られたらまずいことがあるんですか?」

栞の言葉に、俺はふむと考える。

ちょっと前に買ったデジカメはまずいな。

何せこの間泊りに来た香里の秘蔵映像が…。

「没収しますから、後で机の中を見せてくださいね」

「ぬぉっ、なぜ思考はおろか隠し場所さえも!?」

「祐一さんって…もういいです」

「机の中にはデジカメはおろか参考書の一つ、塵の一片たりとも落ちてないから調べても無駄だぞ!」

「そこまで必死になりますか」

「なんたって秘蔵映像だからな」

「没収は可愛そうですから、私の秘蔵映像に差し替えておきましょうか」

「ノウセンキューだ」

「えうー、そんなこという人北川さんの秘蔵映像に差し替えます」

「勘弁してくれ。 てか、何でお前がそんなもの持ってる」

そんなほのぼのとした会話と続けながら、あゆの部屋へ。

一応ノック。

奴も女の子だしな。

こんっ。

「入るぞー、あゆ」

「ノック短っ」

「別に良いだろ、あゆだし」

やつは一人の女である前に一匹のうぐぅなのだ。

「うぐぅ、祐一君酷いよーっ」

開けた扉の中には、予想通りあゆがいた。

未来の青狸よろしく、俺の机の中に入っていなくて本当に良かった。

「あゆ。 昼休みのこと覚えてるだろ。 あれの事でお前からも説明して欲しいから、ちょっと付き合ってくれ」

「あ、うん、良いよ」

そのままあゆの導きに従い、俺たちはその部屋の中に入る。

「さて、説明の旅もあゆで最後だ。 なんでもどんと聞いてやれ」

「えっ、何で最後なんですか? まだ名雪さんの話を聞いてませんよ」

俺の隣で腰を降ろした栞が驚いた顔をする。

「んなこと言ったって、名雪編はただ適当にしゃべってただけでヤれ…ゴホン、攻略できたぞ」

「ヤれって何?」

「言い間違えた。 しゃべるだけでアレできたと言おうとしたんだ」

「それ、意味が変わってないですよ!」

まぁ、言い換えただけだしな。

もっと直接的な言い方のほうが良いのか?

あゆもアレの意味が分からないらしく首を傾げているし。

「でも、他にも色々イベントがあったでしょ? ほら、そうですよ、いちばん聞きたいことがありました!」

「ん? なんだ」

「名雪さんシナリオの終盤で、秋子さんが交通事故に遭ったでしょう。 本当だったら、そこで奇跡が使われてるはずなんです」

「あぁ、あれはな…」

「そもそも、ここが一番おかしいんですよ。 奇跡って起こらないから奇跡って言うはずなのに、何で複数回も起こってるんですか」

「ええと、だから…」

「これが全部、祐一さんの妄想なら納得できますけど…」

「あ、なんかそれって、どこかのアニメのエンディングみたいだね。 主人公が植物人間っていうのだよねっ」

「あれはデマ情報だ。 つーかそういう類なら、お前らの得意分野だろうが」

何せドラマ狂と本物の植物人間だったわけだし。

「うぐぅ、祐一君失礼だよ!」

「そうですよ!」

だが、俺の言葉を二人は口々に否定する。

「何でわざわざ邪魔者の多い世界を創造しなくちゃならないんですか!」

「そうだよ!」

言い終えた後、お互いの顔を見合す二人。

「「ねー!」」

「ねー! じゃない」

お前ら、今お互いを邪魔者扱いしたことに気づいてるのか?

「大体、秋子さんの時は奇跡なんて使われなかったぞ。 なぁ」

「うん。 使ってないよ」

さっきから言おうとしていた言葉を、俺はやっと言うことが出来た。

あゆに同意を求めると、奴もうなずく。

「えっ、じゃぁ交通事故が起こった時はどうしたんですか?」

「お前、よく考えてみろよ」

「何がです?」

「あの秋子さんが…5tトラックに轢かれたぐらいで何とかなるわけないだろう?」

「……そういえばそうですね」

「よし、名雪編は解決だな」

「はい、解決しました」

実際は轢かれたんじゃなくて、9秒の時点で時を止めたと言っていたし。

報復はロードローラーな。

その後アレなイベントも起こったがそこも省略。

「でも、それでもおかしいです。 やっぱり私とあゆさんで二回使ってるじゃないですか」

「ん…そうか。 とうとう話さねばならない時が来たようだな」

「…なんでそんなに空気が重くなるんですか」

「まぁ、あゆの奇跡は確かに一回きりだ」

「そんなにぽんぽんやられて奇跡っていわれても何ですしね」

「ちなみに俺は奇跡を65535個に増やす奇跡を頼んだんだが、それは却下らしい」

「頼んだって、誰にですか! そういうシステムじゃないでしょ!?」

「何せ神の力を超える内容らしいからな。 ちゅーかだったらあのナメック星人は、人間蘇らせられるのかって話だけど」

「神龍!? 元は三つだったことを考えるとポルンガですか!?」

「うぐぅ、三つ叶える約束だったのは祐一くんだよ」

「作者だって書いた後に思い出したんだから、つっこむな」

話が脱線したな。 矛盾に気づかれる前に本筋に戻そう。

「まぁ、でも世の中にはいろんな抜け道があるわけだ。 お前、数の最小単位はいくつだと思う?」

「0ですか?」

「0は存在しない。 故に大きいも小さいもない」

ちらり、と。

あゆと栞の胸部を見る。

「だから、お前らの胸の大小が話題になるということは、つまりは少なくともそれがそこに存在るということだ。 数学って素晴らしいな」

「何でそこから胸の話題になるんですか!? あー、もう良いです! 1ですね、1!」

「最小が1だと、お前の胸は無いことになってしまうのだが」

「私の胸は小数点以下ですか!?」

胸筋の分を引いて、純粋におっぱいという名の漢のユニヴァースを測定するなら、間違いなくミリ単位だと思うのだが。

「そう、世の中には小数点というものがあるのだ。 よって、一番小さい整数は決められても、数自体の最小はもっと下なわけだ」

「つまり…何が言いたいんですか?」

核心を急ぐ栞。

焦らしも出来ないと、立派な悪女になれないぞ。

そういう意味では、俺は立派な悪漢か。

まぁ、焦らしすぎは良くないな。 ここは簡潔に答えてやるとしよう。

「奇跡割っちゃいました」

「軽すぎますよ! ついでに簡潔すぎます!!」

「栗みたいだね」

そう、俺が行った画期的な方法とは、ずばり奇跡を半分に割ることだった。

画期的過ぎて奇跡の中の人も驚いていたな。

「で、あゆもお前も助かったと。 万々歳だろう」

「い、いんちき臭いですね…。 大体そんなことして、何か弊害は無かったんですか?」

「…まぁ、半分に割ったからな。 0.5だからな。 らんまだからな」

「え、本当にあるんですか!?」

「まぁ、大したことではないんだが」

言いながら、あゆの薄い胸に手を乗せる。

が、俺の手は何にも触れずに、空しくあゆの体を突き抜けた。

「え、え、えぇぇ!?」

「先に言っておくが、これは決してあゆの貧乳が極まったことによる現象ではないぞ」

「いくらあゆさんでも、そんな訳ないことは分かります!」

「うぐぅ、栞ちゃんもさりげなくひどいよー」

「奇跡力が中途半端だったから、こいつの体も偶発的に消えるようになってな」

「うん、困ったよ」

「って、あゆさんももっと事態を深刻に受け止めてください!」

「え、このぐらいで栞ちゃんが助かるなら、安いものだよ」

「あ、あゆさん!」

あゆの笑顔に、涙を流す栞。

うむ、実にいい話だ。

さっきお互いを貶めあったのが嘘のようだな。

「うぅ、でもあゆさんばっかりこんな目に遭うなんて、なんだか申し訳ないです」

「何を言ってる。 お前だって大変だろ」

「え!?」

俺に言われて、自分の体をぺたぺたと触る栞。

どうやら、自分もあゆと同じ症状になったのかと心配したらしい。

「何やってるんだ。 お前とあゆに使われた奇跡は違うだろ。 あいつは生身に戻って、お前の場合は病気が治る予定だったんだから」

「えっと、ということは、まさか?」

「まぁ、お前の場合病原菌が半分残ってるってことだな」

「だ、だ、だ、ダメダメじゃないですかーーーー!!」

「これが奇跡の代償というやつか…」

「代償も何も、根本的に解決してませんよ!」

「まぁ、今もお前の中でやつらが蠢いてる訳だからな」

「いぃぃやああああ!!」

栞が叫びながら床をのた打ち回る。

「まぁ、冗談だ」

「や、やめてくださいよ、そんな冗談」

「すまなかった。 本当は三割程度しか残ってない」

「うきゃああぁぁあぁあぁぁぁぁ!!」

ごろごろごろごろごろ。

今度は床を転がりまわる。

さすがに引く光景だし、からかうのもやめるか。

「嘘だ嘘。 本当はもうちゃんと完治してるって」

ぴたり。

「ほ、本当に、ですか?」

「あぁ、本当に」

「一片も残ってません?」

「あぁ、欠片も残ってない」

「はあぁ〜〜…やめてくださいよ、そんな冗談。 医者として最悪ですよ」

「うむ、ブラック過ぎてオチにもならんしな」

読者からの非難もごうごうだ。

「…それで、だったらなんで助かってるんですか、私」

「残り0.5キセキ分をサービスしてもらった」

「何ですか、その単位…。 しかもよくそんなことしてもらえましたね」

「うむ、まぁ俺も奇跡の中の人にアレのサービスをしたからな」

「何してるんですかー! ていうか奇跡の中の人って誰ですか!? ポルンガ? ナメック星の人!?」

「残念だが、18禁になるのでこれ以上詳しいことは言えん」

「だから何してるんですか!?」

「まぁ、これですべての謎は解けたわけだな」

「納得できないことが沢山あるんですけど!」

「じゃ、俺これから香里と約束があるんで、お前も適当に帰れよ」

「!! やっぱりおねえちゃんにまで触手を伸ばしてたんですか!?」

「うっしゃー、今日はアレでコレでフィーヴァーだーーー!!」

叫んで、リビドーをもてあました俺は、そのまま家を飛び出した。

「ゆ、祐一さあぁぁぁぁーーーーん!!」

そして部屋には、叫ぶ栞と、ほとんど会話に参加できなかったあゆが残されたのだった。

 

「あゆさん、私、ですね」

「うん」

「本当はどうやったかなんて、どうでも良かったんですよ」

「うん…」

「ただ、祐一さんが今の関係を色々見直してくれないかなーって思っただけなんですけどね」

「そう、だね」

「なんか、聞かなくて良いことまで聞いてしまって、これだったらあんなこと聞かないほうが良かったかなー…なんて」

「栞ちゃん」

「はい」

「タイヤキでも、一緒に食べに行こうか」

「アイスでお願いします」

「タイヤキアイスにしようか」

「はい。 それと、お財布はちゃんと持っていってくださいね」

「うぐぅ…」

こうして密かな友情を育みながら、物語は終わるのであった。